新券のユーロ備えて春の旅 向井 愉里
新券のユーロ備えて春の旅 向井 愉里
『おかめはちもく』
コロナ禍もようやく収束の様相を見せ、「さあ海外旅行に出かけましょうか」という気分が漂い始めた。それをいち早く捉え、ユーロ紙幣を両替してきた情景で表したところがとても新鮮だ。海外旅行に出発前、出かける先の国の紙幣を手にするとわくわくする。ビジネスでしょっちゅう海外旅行する人は別だが、たまに海外観光旅行する人にとって、珍しい紙幣を手に取ると、その国がぐっと近づいた感じになるのだ。ことにユーロというのはEU(欧州連合)諸国で国境を越えて使用されている通貨だから、円やドルなど一国限定通貨と違う印象がある。そんな当たり前のことも、ユーロ紙幣を手にとって初めてしみじみと感じたりする。
この句はおびただしい旅行句の中で、紙幣に焦点を絞ったところが面白い。その点は大いに称賛できるのだが、句中の「備えて」という言葉に引っかかる。折角の句が、このこなれない一言でおかしくなってしまった。
「備える」は物や設備を整え、用意することだから、ヨーロッパ旅行に当ってユーロ紙幣を「備える」で間違いはないのだが、どうも違和感を覚える。句会でも「お札を備えるとは言わないなあ」という声が出た。
ここは「新券のユーロ手にして春の旅」とごく普通に詠んでおいた方がいいのではなかろうか。用語に迷ったら「普段遣いの言葉に戻る」のが一番である。
(水 23.03.22.)