亀鳴くや卒寿の姉の長電話    大澤 水牛

亀鳴くや卒寿の姉の長電話    大澤 水牛 『この一句』  この句の季語は「亀鳴く」。亀には発声器官がないので、実際は鳴くことはあり得ないが、時によってその発する音が鳴いているようにも思える、ということから季語とされているようだ。歳時記によって異なるが、「想像上の季語」とか「感覚的な情趣」とか説明されている。  そんな非現実的な季語なので、「亀鳴く」の句は、いきおい、取合せの句とならざるを得ず、取合せられた二物は、意味の上でのつながりがほとんどないものになりがちである。ところが、この句は、長寿のシンボルである亀と、卒寿を迎えたお姉さんと、そのお姉さんの長電話を取合せたことで、「長さ」にまつわるつながりを持つ句になっている。また、亀の鳴き声と、長電話の声が取合せられたことで、「声」にまつわるつながりも感じさせる句になっている。それらは決して意図してなされたものではなく、自然体で詠まれた結果のように思うが、この句のイメージを膨らませる効果を生んでいる。  作者によれば、お姉さんは老人ホームにいるのだが、コロナによる面会禁止で時間を持て余しているため、ついつい長電話になり、こちらから切るわけにいかず往生するという。作者の身辺を詠んだ句ではあるが、それがそのまま、高齢化社会のそこここにある現実を巧みに切り取った句となっている。 (可 23.03.20.)

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