真鍮の手摺に宿る余寒かな 中嶋 阿猿
真鍮の手摺に宿る余寒かな 中嶋 阿猿
『この一句』
金属製の手摺といえば、JRや私鉄の駅の階段が思い浮かぶ。足腰の弱った高齢者には、「転ばぬ先の杖」があの手摺である。感染症対策にうるさい人は、手摺に触るのを嫌うが、転んで大怪我しないように用心する方が先だ。
手摺と余寒は、見た感じか、触れた感じか。句会では、二つの感想が示された。駅の手摺感覚に照らせば、実際に触れた「余寒」であろう。階段の下まで降りる頃には、指先は「冷たい」と悲鳴寸前だから。
「真鍮の手摺」から余寒を切り取ったこの句は、目の付けどころの良さから支持が集まり、五点獲得した。作者がヒントを得た「真鍮の手摺」がどこかの邸宅の重厚な玄関ドアだったら、駅舎の世界ではない、また別のストーリーが展開出来たかもしれない。
(てる夫 23.03.02.)