末黒野や妻のバリカン絶好調 谷川 水馬
末黒野や妻のバリカン絶好調 谷川 水馬
『この一句』
番町喜楽会2月例会の兼題「末黒野」は、実際に見たことがなく、句作に苦労した人が多かった。早春に野焼きした跡を焼野というが、一面黒く見えることから末黒野とも呼ばれる。都市化が進んで近郊の野焼きはなくなり、阿蘇や渡良瀬など広大な原野で行われるぐらいだ。火勢が強いので一般人は立ち入り禁止だし、焼け跡の黒い野原をわざわざ見に行く物好きもめったにいない。
掲句はその末黒野にバリカンという意外なものを取り合わせた。家庭内の床屋であろう。妻がバリカンで夫か子供の頭を刈っている。「絶好調」との措辞から、バリカンが縦横無尽に走り回る様が想像され、坊主刈りの頭が浮かんでくる。確かに焼き払われて黒々とした野原は、地の起伏が露わになり、刈ったばかりの坊主頭と見えなくもない。語調も軽やかで、末黒野と坊主頭の両方を早春の風が吹き抜けていくような感じがする。
句会ではこの意外性のある取り合わせを面白がる人が多く、最高点を得た。末黒野の兼題から、バリカンを思い浮かべる作者の発想力の豊かさ、柔軟さにはいつもながら驚かされる。作者にはこれまでにも「木瓜の実や親子そろひて坊主刈り」、「6ミリのバリカン坊主東風強し」といった家庭床屋を詠んだ作品がある。コロナ禍で家籠もりが続いたこの数年、奥様のバリカンの腕は今や〝プロ級〟に上がっているに違いない。
(迷 23.02.17.)