海に入り水母となるや雪女    須藤 光迷

海に入り水母となるや雪女    須藤 光迷 『季のことば』  「雪女」の登場――メルヘンである。俳句の世界では、実在しない事象事物を季語に仕立て俳味として興がる風がある。名句佳句となるのは相当難しい。「鎌鼬」「亀鳴く」「蓑虫鳴く」「龍天に昇る」「鷹化して鳩となる」「雀変じて蛤となる」などなどが思い付く。俳句に馴染みのない人にすれば、なんと奇想天外なことを言っているのだと呆れるに違いない。「蜃気楼」は誰もが知る言葉だが、元は古代中国で大蛤の吐く息でできた楼閣と見立てたからその名が付き、この国に入ってきたという。  「雪女・雪女郎・雪娘」も、また季語ではないが「遠野の座敷わらし」も伝説・民話の世界では主演級の存在といえる。雪女を詠めば句はおのずと民話の雰囲気を醸す。冬の囲炉裏端で婆さまが語り出せば、孫たちは怖さに背中をゾクゾクさせた、今は昔。  掲句は民話の登場人物を借りて実は雪国の実景を詠んだとみた。一晩に1㍍も積もる豪雪地方では、屋根も道端も冬の間数メートルの積雪となる。屋根から下ろした雪をダンプカーに積み、大河や海に投げ棄てなければ家は重さに耐えられない。この句は海への投棄場面を詠みながら、ファンタジックな趣きを出している。ダンプの雪を雪女に譬えたのは積雪のなれの果ての姿と言えるし、「水母となるや」は投げ込まれて海に浮かんだ雪の塊そのものということになる。不思議な句と票を集めたが、大雪を雪女になぞらえて見事なメルヘンの句になった。 (葉 23.02.09.)

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