枯野行く歩荷のリズム狂ひなし 大澤 水牛
枯野行く歩荷のリズム狂ひなし 大澤 水牛
『合評会から』(日経俳句会)
春陽子 たぶん尾瀬に行った人が詠んだ句でしょう。「リズム狂ひなし」という言葉、よく出たなあと思いました。
二堂 「リズム狂ひなし」がぴったりの姿を表している。
芳之 「狂ひなし」がとても効果的です。一定のリズムが伝わってきます。
百子 まったくその通りですね。何回も同じ枯野を歩いているのですから。
水馬 歩荷の歩くさまをよく表現出来ていると思います。枯野に似合いますね。
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歩荷(ぼっか)という存在、山歩きの人にはお馴染である。歩荷と書くのは当て字とかで、語源がどこにあるのか気になるところでもある。俳句の世界に登場する例は少ないだろうが、詠まれれば類句を思いつかず清新な印象をあたえる。山好きは歩荷の姿、歩様を瞬時に思い起こすことができる。背負子で数十キロにおよぶ荷を担ぎ、山小屋などに運搬するあの姿である。ことに尾瀬の歩荷は有名で、掲句も先年の尾瀬吟行を詠んだものと作者は言う。
重荷を背負っているのだから歩くリズムとバランスが重要だ。ふらつけば荷崩れや転倒の危険もある。「リズムよく」が肝要である。「リズム狂ひなし」の措辞が歩荷のすべてを表現し、そのうえ尾瀬の「枯野」を舞台にして隙間がない。
(葉 23.01.29.)