野を走る一輛なれど初電車 加藤 明生
野を走る一輛なれど初電車 加藤 明生
『季のことば』
新年になって初めて電車・自動車・船・飛行機などに乗ることを「乗初(のりぞめ)」という。角川俳句大歳時記によれば「初詣や年始回りでいろいろな乗り物に乗ると、新鮮で高揚した気分になる」。初乗、初電車、初車、初渡船、初飛行などいずれも新年の季語である。例句には「初電車子の恋人と乗り合はす」(安住敦)、「鬼子母神までを日和の初電車」(岸田稚魚)などが載っている。
掲句はその季語を、野原を走る一輛だけの電車に重ねている。初電車は賑やかな都会や観光地を走るものを詠んだ句が多いので、賑やかさとは遠いローカル線の一輛に意表を突かれた。
野を走る一輛となれば、北海道の原野や東北の田園を走る景が思い浮かぶ。首都圏では小湊鉄道やいすみ鉄道でも見られる。作者は正月の旅先でトコトコ走る電車を目にしたのであろう。たとえ野を走ろうとも、一輛であろうとも正月に走るのは初電車である。「なれど」の措辞に、けなげに走る電車への応援の思いがにじむ。
ローカル鉄道はもともと過疎化で経営が厳しかったところに、コロナによる乗客減が追い打ちをかけ、存廃の危機に立たされている。JR各社は路線ごとの収支を公表し、第三セクター移譲、バスへの転換、廃止などの選択を迫っている。初電車の賑やかで目出度い印象と、ローカル鉄道の厳しい現実の落差が胸をつく。季語の本意とは少しズレるかもしれないが、心に残る初電車である。
(迷 23.01.26.)