写真には写せぬものに隙間風 横井 定利
写真には写せぬものに隙間風 横井 定利
『この一句』
日経俳句会には、新聞社のカメラマンとして三十年あまりあらゆる事象事物を撮り続けた二人の句友がいる。上の作者ではない句友が以前詠んだ句に「膝ついて肘ついて撮る菫かな 嵐田双歩」というのがある。あくまでシャッターチャンスを追い続けるプロの所作かと感心もした。取材記者ならペンのほかにボイスレコーダーもあるのだが、カメラマンの武器はカメラのみ。そのうえ対象物が常に静止しているわけではない。極寒極暑や嵐の中でもカメラマンたるプロ意識は変わらないはず。それだけにカメラに収められないものなどあるものかという気概を常に持っていそうだ。
ところが掲句はプロカメラマンにも写せないものがあると言っている。当然と言えば当然のことだが、隙間風は写せないけれどそこにあるのだという真理が句に滲み出ていて、なにやら禅問答臭くもある。なんとも面白い句だ。「カメラマンとしては隙間風をどうやって撮ればいいかと思いますね。破れ障子を写せばいいかとかいろいろ考えました」と選句したもう一人の元新聞社写真部員。「それがどうしたという句ですが、なんとなく可笑しい」「上手いことを言うものだと感心しました。写真には写せないものは無数ですが、『隙間風』で諧謔味を感じます。夫婦仲を暗に詠んだものと推察します」とまで句評が飛躍したのも句の面白さゆえか。この句はプロの職責をあっけらかんと放棄しているところに俳味がある。
(葉 23.01.08.)