獏の絵をふとんに敷いて父と寝る  野田 冷峰

獏の絵をふとんに敷いて父と寝る  野田 冷峰 『季のことば』  新年になって初めて見る夢を初夢といい、一般に元日の夜、あるいは二日の夜に見るものをさす。吉夢を見ると一年間良いことがあるとされ、昔は枕の下に宝船の絵を敷いて寝る風習があった。獏の絵もその一つである。中国には獏は悪夢を食べるという俗説があり、そこから凶夢を見ないように獏の絵を枕の下に入れて寝ることが広がったという。歳時記を見ると、新年の季語である「初夢」の傍題に「獏枕」が載っている。  掲句はそうした風習がまだ残っていた時代の正月風景である。上五中七は、一見すると初夢を巡る風習を説明しただけのように見える。しかし下五の「父と寝る」を読んだ途端に、鮮やかに場面が浮かぶ。獏の絵を敷き込みながら、父親と一緒に寝ることに心を弾ませている子供の姿が見えてくる。普段は母親と一緒か一人で寝ているのであろう。父親が獏の〝働き〟を語り、正月だから一緒に寝ようと言ってくれた。だからいそいそと寝床の用意をしているのである。枕ではなく布団の下に敷いたのは、獏が父と自分に等しく訪れるよう、子供なりに考えた結果であろう。  正月の改まった気分や非日常性は子供心に強く刻まれる。作者にとって「父と寝る」という幼い頃の体験は、80歳となった今でも忘れられない幸せな思い出なのである。 (迷 23.1.2.)

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