山眠る顎まで雲を引き寄せて 溝口 戸無広
山眠る顎まで雲を引き寄せて 溝口 戸無広
『合評会から』(日経俳句会)
三薬 寝ている時、蒲団を顎まで引き寄せる。そういうことを山に当てはめて言ったんでしょうね。そういう風景をうまく詠んだと感心して採りました。
芳之 徹底的な擬人法が面白いです。
十三妹 ユーモラスでユニーク。そのうえ温かみさえ感じられて、献点。
定利 顎まで雲を引き寄せての擬人化が面白い。
雀九 月報の季語研究によれば、山眠るは里山のような低山を意味しているという。雲は高山に生じる。木の生えている山はそんなに高くないので、そこが良く分からなかったのだが。
* * *
擬人法はしばしば嫌味になってしまうのだが、この句はそんなことがなくて、人情にぴったり添って感じがいい。「ふとん着て寝たる姿や東山 嵐雪」の名句を思い出して、思わず採った句である。
確かに雀九氏の言うように、冬の雲を従えたアルプスなんかは猛々しくて「眠る」という感じから外れる。もともと「山眠る」は宋時代の水墨画の画想から生まれた言葉で、黄河中流域の山だから氷雪に覆われるわけではない。ほとんど頂上まで木の生えている山である。わが国でも箱根・丹沢、あるいは高尾山など木の茂る低山に雲がまつわりつくことはしばしばある。雪雲を頂上間近まで引き寄せて、静かに眠る里山の景色もまたいいものだ。
(水 22.12.09.)