この道は抜けられません石蕗の花 杉山 三薬

この道は抜けられません石蕗の花 杉山 三薬 『合評会から』(日経俳句会) 実千代 標語のような表現がかえって石蕗の花の情景を強くしています。 明生 行き止まりなのか、工事中なのか。石蕗の花が見事に咲いているため、心優しい筆者が願ったのかも。 木葉 石蕗の花は路地などの片隅にひっそり咲く。佃島辺りか。「この土手に上るべからず警視庁」を思い起こす。 光迷 どこにでもある立札を頂戴しての俳諧味(?)。「この土手を登るべからず…+季語」を言いはやしながら遊んだ覚えがあります。 弥生 石蕗あるあるの面白い一句。行き止まりやこの手の看板のある処、不思議と石蕗に出会います。           *       *       *  石蕗という草は、もともとは野草だけれど、周囲に花が無くなった冬につややかな緑の葉を光らせ、そこから花茎が立ち上がって黄色い温かみを感じさせる花を咲かす。そこが面白いと庭の岩蔭、つくばいの裾、脊戸の木戸口などに植えられるようになった。自然に飛び散った種から芽生えたのか、路地裏などに生えていることもある。とにかく、表通りに堂々と植えられるものではなく、下町の家と家との間の狭い路地に似合う。  「この道は抜けられません」というフレーズが石蕗と絶妙に響き合っている。 (水 22.12.19.)

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再婚の新居はリノベ冬ぬくし   高井 百子

再婚の新居はリノベ冬ぬくし   高井 百子 『この一句』  再婚・新居・リノベとめでたい言葉が連なり、冬ぬくしの季語と呼応する。まるで宝尽くしのような賑やかな句である。  リノベーションは不動産市場の成熟化に伴い、近年増えている工事分野である。大規模改修を意味するが、部分的に改造するリフォームと違い、規模が大きく、間取りの変更や新機能の付加を伴う。古民家をレストランに造り替えたり、古い住宅の間取りや内装を全面的に刷新する例などが分かりやすい。  掲句の再婚夫婦は新居としてリノベされた家を選択した。再婚とリノベの言葉の親和性がとてもいい。再婚とは人生の仕切り直しであり、夫婦で新しい家庭を築いていく。リノベも古い家を刷新し、新しい価値を生み出すものだ。リノベは新築よりも安く、希望に沿った間取りや設備を実現できる。リノベの家を新居に選んだ夫婦に、地に足の着いた堅実な生き方を感じる。 句会での作者の弁によれば、先行きを案じていた三男が再婚、リノベしたマンションで新生活を始められたという。息子の再婚を喜び、幸せを願う親心が、にぎやかな言葉の連なりとなって表れたものと得心した。冬ぬくしの季語と相まって、読む方の心もほっこりと温もってくる。 (迷 22.12.18.)

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いやですねえ冬帽目深黒マスク  大澤 水牛

いやですねえ冬帽目深黒マスク  大澤 水牛 『この一句』  冒頭の「いやですねえ」が何んとも言えずいい。目深な「冬帽」と「黒マスク」姿を見ての心情が素直に吐露され、共感できる。だが、十七人参加の句会で、この句を採ったのは小生だけだった。なぜなのか。「俳句というより川柳」と受け取られたのか。それともマスクを手放せなくなった己の心をズバリ射抜かれ、それに反発してのことか。  俳句は自然や心象をテーマとして季語や切れ字があり文語体、川柳は世相や人事を面白おかしく風刺して口語体、などとされる。しかし、この句には「冬帽子」と「マスク」と季語は二つも入っている。また切れ字がなく、口語体の句は山ほどある。「毎年よ彼岸の入りに寒いのは」という子規の、母親の言葉を拾ったとされる句が好例だろう。  「冬帽目深黒マスク」という、ぶっきら棒な表現が嫌われたとも思われるが、やはり日本人のコロナへの異常とも思える警戒心のおかしさを指摘されたことへの反発が大きいのか。ちなみに句会はワールドカップのさなかに開催され、競技場の観客席にマスク姿は見えなかったが、日本の街中はマスク姿で溢れていた。花鳥諷詠もいいけれど、諧謔味のある時事句がもっと増えてほしいと思う。 (光 22.12.16.)

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にびの空木々薄墨に山眠る    篠田  朗

にびの空木々薄墨に山眠る    篠田  朗 『合評会から』(日経俳句会) 三代 にびと薄墨、山眠る。いろいろ情報が入り過ぎて、ちょっとカッコよすぎるとは思いますが、鉛色の空に木が影のようになっていて、情景がいいなと。 愉里 まず絵が浮かぶし、実際の情景も浮かぶ。鉛色のずしんとした雰囲気というか風景というか。そういうところが良いなと思って頂きました。 方円 どよんとした鈍色の空と薄墨と山眠るで、三つも同じようなイメージで、ちょっとしつこい。だけど殺し文句三つで、特に薄墨がぴったりだ。 二堂 昔、ちょっと水墨画を習ったんですが、そういう風景だなと思った。そんな風景を描いてみたいなと思った。 戸無広 日本画を見るようです。落ち着いた感じが出ています。           *       *       *  この句を採った人たちが「ちょっと言い過ぎ」と言いつつも褒めているのは、やはり重くたれこめた冬空の下に横たわる山という「水墨画の世界」に惹かれたからであろう。昔から日本人はこうした「枯淡の境地」を好み、憧れる。  「にびの空」の「にび」とは「鈍色」、すなわちねずみ色で、何のことはない薄墨色のことである。ただし薄墨色にも濃淡さまざまある。上空はどんよりした鈍色で、山際、麓はやや明るい鈍色、そこに少し濃い墨色の枯木の山が眠る情景を作者は詠みたかったのではないか。それが結果的に「ちょっとしつこい」言い方になってしまった。もう少し練る必要がある句かもしれないが、眠る山の気分は充分に伝…

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あの人と遠目に知れる冬帽子    廣田 可升

あの人と遠目に知れる冬帽子    廣田 可升 十年の歳月隠す冬帽子       田中 白山 『この二句』  冬帽子の態様を詠んで、句想が真逆の二つの佳句があった。見出しになっている「あの人と遠目に知れる冬帽子」と「十年の歳月隠す冬帽子 田中白山」である。二句を子細に読み解いてみると面白い。  そもそも冬帽子の効用はなんだろう。いの一番は防寒である。イヌイットの毛皮フード、ロシアの熊や貂の帽子を見れば、それなくては酷寒を生き残れないだろうと思う。日本に厳寒の北海道があるものの、イヌイットやロシアのような帽子を被るのが生存の条件とはならない。効用の二番手はお洒落をアピールすることだろう。日本の寒さには、せいぜいフェルトの中折れ帽か毛糸の帽子を着用すればしのげる。三番目の効用は、変装と言わないまでもなんとなく人相風体を隠すということか。 「あの人と遠目に」は本人が人相風体を隠そうとしているかどうかは知らず、誰それだとバレバレなのである。日常見慣れた人はどんな服装をしてもその人と分かる。人は背格好、歩き方、何気ない仕草から個人を識別するからだ。三番目の効用をはなから度外視した冬帽子を詠んだというのが「遠目に」の句と言える。かたや「十年の歳月」の作者は、十年ぶりに旧知と出会った。帽子を被っていたその人と久闊を叙しあったあと、しげしげ見ればまぎれもなく十年の歳月の経過があった。知人が昔のままでいてほしかったというような雰囲気がある。心の中で三番目の効用を望んでいるのだ。その人が女性と仮定すれ…

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谺さえ返さぬ山の深眠り     水口 弥生

谺さえ返さぬ山の深眠り     水口 弥生 『合評会から』(日経俳句会) 鷹洋 こだまを返さないというけど、本当はそうではないと思う。山の眠りが深いからということを強調したかったからでしょう。感じがよくわかる。 明生 ヤッホーという声に谺を返せないほど「山は深く眠っている」のでしょう。とらえどころがユニークだと思いました。 光迷 「谺して山ほととぎすほしいまま」(久女)という句の本歌取り云々はともかく、これはこれでよしということに……。 百子 面白い。熟睡している老人に、声を掛けても掛けても目を覚まさない、などと云う景を想像しました。 阿猿 「深眠り」という表現が面白いです。 三薬 雪が降ると谺が聞こえない。そういう所で詠んだんだろうと、良い所に目を付けた、と思ったんだが、深眠りっていう言葉が気になって止めました。 雀九 私は深眠りの発見が良いと思いました。           *       *       *  「深眠り」は作者の造語だろう。とても面白い。それはいいのだが、「谺さえ返さぬ」という所が理屈っぽい、それよりもむしろ何もかも全部吸い込んじゃうという詠み方ができないかな、などと思って敬遠した。しかし、合評会での評言を聞いているうちに、「谺さえ返さぬ深眠り」というのが俄然際立ってきた。「何もかも吸い込んじゃったから」谺さえ返さないのだ。こういう詠み方はすこぶる俳諧的だなと、改めて作者に頭を下げ、考えを改めた次第である。 (水 22.12.13.)

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何にでも一家言あり泥鰌鍋    星川 水兎

何にでも一家言あり泥鰌鍋    星川 水兎 『この一句』  いるよねこういう人、と共感してしまう一句である。  「まる」だ、「さき」だと、泥鰌の調理方法のことを話しているのだろうか?駒形と飯田屋の味付けの違いについての講釈だろうか?あるいは、本来の表記は「どぢよう」か「どじよう」なのに、「駒形どぜう」となった由来の話だろうか?一家言の持ち主がどんな話をしているのかわからないだけに、想像をたくましくすることが楽しい句である。また、「泥鰌の髭面と一家言の持ち主の面貌が似ていることを詠んだ句に違いない」という選評もあり、なるほどそうかと思わず笑ってしまった。  作者が、刺身を食べないことで有名な水兎さんと知れて、一同キョトンとした。水牛さんから、以前彼女を泥鰌鍋に誘ったが、「まる」は絶対に受けつけず、「さき」でも気持ちが悪いと敬遠したという話が披露され、それと共に「この句は一家言の多い僕のことをを皮肉った句に違いない」という当て推量があった。この日は作者が欠席されていて、残念ながらこの推量が当たっているのかどうか聞き損ねたが、一同然もありなんという顔をしている。  いずれにせよ、談論風発、和気藹々の年末句会に相応しい、ほのぼのとした一句である。すぐに泥鰌屋に走りたいところだが、この日は近くの焼鳥屋で我慢した。 (可 22.12.12.)

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大雪や乾布摩擦の父の背な    嵐田 双歩

大雪や乾布摩擦の父の背な    嵐田 双歩 『季のことば』  「大雪(たいせつ)」は二十四節季のひとつで、新暦の十二月七日ごろにあたる。水牛歳時記によれば、立冬、小雪に続く冬季六節季の三番目の季語で、「いよいよ本格的な冬到来」というのが本意である。ただ字面からどうしても「おおゆき」と読まれやすく、イメージが固まってしまうので、敬遠されがちな季語でもある。小さな歳時記には載っておらず、載っていても例句は極めて少ない。 番町喜楽会の12月例会では、選句表に大雪の兼題句が30句並んだが、明らかに雪景色を詠んだ句も散見された。その中で掲句は、季語の本意を踏まえつつ、乾布摩擦で冬本番を実感させる手腕が上手いと思い、真っ先に選んだ。木枯らしの吹くころ、庭でもろ肌脱ぎとなって乾布摩擦をする人物像は、厳しい冬とそれに立ち向かう意思を感じさせる。 さらに父親の背中を見せることで、句を奥行きの深いものにしている。乾布摩擦は古くからある健康法で、風邪の予防法として家庭や学校で広く行われた時期もあった。しかし皮膚を傷めることもあって、今では実施している小学校はなく、家庭でもほとんど見られなくなった。 とすれば、詠まれているのは老いた父親ではなかろうか。肉が落ち、カサカサの背中は、歩んできた星霜を物語る。時流に流されず乾布摩擦を続ける姿からは、信念を貫く一徹な性格がうかがえる。季語と中七下五が響き合って、人生の風雪に耐えてきた父への思いがしみじみと伝わってくる。 (迷 22.12.11.)

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山眠る顎まで雲を引き寄せて  溝口 戸無広

山眠る顎まで雲を引き寄せて  溝口 戸無広 『合評会から』(日経俳句会) 三薬 寝ている時、蒲団を顎まで引き寄せる。そういうことを山に当てはめて言ったんでしょうね。そういう風景をうまく詠んだと感心して採りました。 芳之 徹底的な擬人法が面白いです。 十三妹 ユーモラスでユニーク。そのうえ温かみさえ感じられて、献点。 定利 顎まで雲を引き寄せての擬人化が面白い。 雀九 月報の季語研究によれば、山眠るは里山のような低山を意味しているという。雲は高山に生じる。木の生えている山はそんなに高くないので、そこが良く分からなかったのだが。           *       *       *  擬人法はしばしば嫌味になってしまうのだが、この句はそんなことがなくて、人情にぴったり添って感じがいい。「ふとん着て寝たる姿や東山 嵐雪」の名句を思い出して、思わず採った句である。  確かに雀九氏の言うように、冬の雲を従えたアルプスなんかは猛々しくて「眠る」という感じから外れる。もともと「山眠る」は宋時代の水墨画の画想から生まれた言葉で、黄河中流域の山だから氷雪に覆われるわけではない。ほとんど頂上まで木の生えている山である。わが国でも箱根・丹沢、あるいは高尾山など木の茂る低山に雲がまつわりつくことはしばしばある。雪雲を頂上間近まで引き寄せて、静かに眠る里山の景色もまたいいものだ。 (水 22.12.09.)

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又ひとり離村したとや山眠る   金田 青水

又ひとり離村したとや山眠る   金田 青水 『季のことば』  今しも「山粧ふ」という全山紅葉に酔いしれる季節。今年は三年ぶりに行動制限もなく、インバウンド客も入ってきて華やかに賑やかに紅葉シーズンを迎えている。今後の気温しだいだが、平地の遅いところでは十二月半ばまで赤、黄のグラデーションと杉檜など緑の対比が楽しめるだろう。山はやがて灰色と暗褐色に支配される。北日本では雪が積もり、山容を柔らかく見せながら深い眠りにつく。本格的な「山眠る」の時を迎え、厳しい冬が訪れる。  ところで、俳句の世界では山は四季ごとに四度変身することになっている。『水牛歳時記』にあるように、北宋の画僧の詩に由来するとのことだ。春は「山笑ふ」、夏の「山滴る」、秋は「山粧ふ」、冬の「山眠る」とみてくると、なるほど的確な表現に感心する。  さて掲句である。過疎地の荒廃ぶりは昨日今日始まったわけではない。高度成長時代を機に年々ひどくなっていった。学術用語かどうか知らないが、限界集落とかいう名のもとで政治も遠慮なく切り捨てていく。  作者の故郷新潟でもそうなのだろう。離農しなければならないほど営農不能になった。後継者難、規模零細、換金作物が出来ないなど理由はいくつもあろうか。過疎地では離農すなわち離村となる。その時が「山眠る」の季節だ。作者は故郷の便りで「又ひとり離村」を知ったのである。 (葉 22.12.08.)

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