木の瘤も拝めば仏秋うらら 星川 水兎
木の瘤も拝めば仏秋うらら 星川 水兎
『合評会から』(上田新蕎麦吟行)
三薬 「ほら仏の横顔に見えるだろう」。そう言われると、そう見えてくる。人なんて騙されたやすいもんですなあ。秋うららのひと時。
青水 ブナ観音をめぐっての木葉氏の堂々たる観察とご講義。オチがついての一幕を巧みに一句とした。
迷哲 観音の横顔に見える木の瘤を〝発見した観察眼に一同感心。その後、本物が見つかった顛末がユーモラスに詠まれています。
春陽子 日本人は何にでも神仏が宿るとしてきましたから、「拝めば仏」に納得。
木葉 日本では森羅万象にすべて神仏が宿るようで、文字通り「秋うらら」です。
百子 ブナの観音様が見つかるまでの皆様の会話、楽しかったですね。
双歩 思い込みとは恐ろしい。「鰯の頭も信心から」。
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信州上田在の青木村へ名物の新蕎麦を目当てに吟行した。ハイライトは背後の険しい上りの修那羅山の石仏巡り。中でもブナ観音は面白かった。ブナの老樹のウロの中に観音様が祀られているのだが、薄暗くてよく見えない。木肌の瘤やくすんだ樹皮が見ようによっては仏様のようでもある。実際、それに向かって手を合わせた人もいた。それが大間違いと分かって一同大笑い。しかし木の瘤だって、拝めば観音様。「秋うらら」の季語との取り合わせが絶妙だ。
(水 22.11.16.)