鋸引けば青き粉飛ぶ竹の春 伊藤 健史
鋸引けば青き粉飛ぶ竹の春 伊藤 健史
『季のことば』
「竹の春」、「竹の秋」は字面とは逆に、それぞれ秋と春の季語だ。竹は春に繁殖し、地下茎から出る竹の子に養分を取られ親竹は黄葉し落葉する。秋になって竹の子が成長するころは親竹も元気になって枝葉を青々と茂らせる。青葉若葉の春に竹の葉は衰え「竹の秋」となり、物みな枯れる秋に竹は旺盛に枝葉を広げるので「竹の春」という。ほとんどの歳時記が両方の季語を対比させて解説している。
兼題「竹の春」の選句に際して、筆者は「竹の秋」に置き換えても成立しそうな句は外す、と決めた。実は自分の出した句もどっちとも取れる内容だったのだが……。掲句の「青き粉飛ぶ竹」は若々しい今年竹や元気な親竹が想起され、「竹の春」は動かないと思った。
合評会では、水牛さんが「私はよく竹を切ってましたが、青い粉は飛びません。むしろ黄色です」と異議を唱えた。門松の竹の切り口を思い浮かべると分かると思うが、確かに青竹に鋸を入れると、青いのは表面だけですぐに黄色っぽい屑が出てくる。とはいえ、青を黄に言い換えると「竹の春」のイメージが薄まる。「青竹の匂いを思い出しました」という光迷さんの評のとおり「青っぽい匂いの粉」の意と考えれば、さほど違和感は生じないのではないか。
いずれにしても、「竹の春」、「竹の秋」どちらも、なかなかに挑戦しがいのある季語だ。
(双 22.10.11.)