焼き味噌と一合で待つ走り蕎麦 星川 水兎
焼き味噌と一合で待つ走り蕎麦 星川 水兎
『季のことば』
新蕎麦とは俳句の世界では、その年の秋に初めて出回る蕎麦をさす。「秋蕎麦」あるいは「走り蕎麦」ともいい、仲秋から晩秋の季語である。水牛歳時記によれば、蕎麦はふつう初夏に種を蒔き11月に入ってから収穫する。だから「蕎麦の花」は秋の季語で、「蕎麦刈」や「蕎麦干す」は冬の季語である。ところが初物好きの江戸っ子が、新蕎麦を待ちわびたため、栽培時期や乾燥方法を工夫して9月、10月に蕎麦屋で供するようになったという。ほかの季語とずれて「新蕎麦」が秋の季語となった所以である。
掲句は秋が深まり、蕎麦屋の一角で新蕎麦を待つ人物を、季節感豊かに詠んでいる。卓上には一合徳利と猪口、それにしゃもじに盛った焼き味噌がある。「一合で待つ」が絶妙な表現で、酒は少量にとどめ、新蕎麦が茹で上がるのを待ちかねていることが分かる。これが二合、三合では蕎麦が伸びてしまう。下五に「走り蕎麦」を置くことによって、青みの残る香り高い新蕎麦のイメージと余韻が広がる。酒好き、蕎麦好きの多い番町喜楽会で最高点を得たのもうなずける。
同じ句会の兼題句に「酒かけて食べる志ん生走り蕎麦」があった。落語家の古今亭志ん生は酒が大好きで、蕎麦屋で飲んだ時は猪口に残った酒を伸びた蕎麦にかけて食べたという逸話を詠んだものだろう。実はこの句の作者も水兎さん。新蕎麦を詠んだ二句とも酒が蕎麦を引き立てている。酒好きの作者の面目躍如である。
(迷 22.09.18.)