墓洗ふ男やもめのメメント・モリ 河村 有弘

墓洗ふ男やもめのメメント・モリ 河村 有弘 『季のことば』  大学の柔道部出が集まった「三四郎句会」に登場した一句。「メメント・モリ」の意味、「死を思え」「死を忘れるな」を知る人、知らぬ人が、それぞれいたはずだが、句は適当な点を集めた。「英語じゃないね」の声に、当てずっぽうに「ラテン語かな」の声。すると電子辞書だかスマホだかで調べた人に、「おお、当たりだ」と褒められたりしていた。  掲句の作者は今年一月、奥様を亡くした。もちろん懇ろに葬り、花を捧げ、墓を丁寧に洗いながら愛妻を偲んだのだろう。そして「メメント・モリ」と自身に語り掛けたのだ。死のことは誰もが考えている。しかし真剣に考えるのは「たまに」「少し」というところなのだろう。そして私の場合、八十歳代半ばにして死はぼんやりとし、さほど切実ではない。  古代ローマ時代に生まれた「メメント・モリ」は、世界的な共通語と言えるほどだという。では日本人はどうか。この語を聞いて「何、それ」と問い返す人が多いかも知れない。  しかし我々には、春秋のお彼岸やお盆という、死者を思う行事がある。そして俳句の秋の季語「墓参」や「墓洗ふ」にも「メメント・モリ」の意味が、込められていよう。ならば春の彼岸は? 慌てて歳時記を広げたら、こちらは「彼岸」自体が春の季語になっていた。 (恂 22.08.14.)

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