日傘閉じ乗車間近の列の尻 向井 愉里
日傘閉じ乗車間近の列の尻 向井 愉里
『この一句』
令和4年の夏は異常で、六月から猛暑日が連続し、39℃、40℃といった恐ろしい気温になることも珍しくなかった。「外出は控えましょう」などという呼びかけがラジオから流れている。しかし、ずっと閉じこもってばかりも居られない。仕事を持つ人は言わずもがな、専業主婦だって、おじいさん、おばあさんだって日々の買物がある。通販代金の振込みもある。猛暑の町に出ざるを得ない。
日傘というものは実用というより半ば夏場のおしゃれだったのが、今年は完全に必需品となった。この作者は日傘に慣れた人のようだ。バス停の行列の尻につき、日傘を差して中々来ないバスを待っている。タオルハンカチもすっかり湿ってしまった。
ようやく来た。長い列がのろのろと動き出す。待ちかねて、いじいじしていたものだから、まだ10数人も先客があるというのに、早々と日傘を閉じてしまった。そうしたら何としたこと、列がぴたりと止まってしまった。乗る段になってスイカだか老人パスだかを取り出すのに手間取っているドジなのが居るようだ。思わず「チェッ」などと淑女にあるまじき舌打ちなんかしている。
この「日傘閉じ・・列の尻」という詠み方が絶妙である。乗るまでにはまだ間があることは分かっていながら、ついつい早めに乗り支度して、焦れてしまうのが人間だ。どうと云うこともないフレーズなのだが、こういう風にすいと詠めるところをみると、どうやら俳諧の骨法を会得したようだ。
(水 22.08.07.)