苔つたふ滴り碧き玉となり 岩田 三代
苔つたふ滴り碧き玉となり 岩田 三代
『合評会から』(日経俳句会)
迷哲 この句はまさに季語の本意を捉えています。苔からにじみ出た滴りが苔の緑色を映して碧い玉になる、という非常に爽やかな印象です。
青水 ややもすると季語解説になりかねないところを、丁寧な観察と豊かな語彙でさらりと詠み下している。特に「碧き玉」の気障な措辞が効いている。
明生 その通り。苔を伝い落ちる滴りが碧い雫、玉となってゆく様子が目に浮かぶ。
十三妹 清涼。心に沁みる一服の絵。
昌魚 苔の滴りが徐々に大きくなって碧い玉のようになる、綺麗な景です。
弥生 滴りの本来の姿を真正面からとらえて詠んだ一句。
* * *
この句を選句表で見た時、「これは言い過ぎ」と思った。苔、滴り、碧き玉、と美辞を連ね過ぎているのではないかと貶した。私は同じ句会に、「滴り」の写生句で「にじみ出て玉と光りて滴れり」を投句した。滴りが生じる経過を素直に詠めたと思ったのだが、句会では一顧だにされなかった。それに対する口惜しさが、この句を必要以上に貶める思いを掻き立てたのかもしれない。老いると幼児に還るというが、実に子供っぽく、恥ずかしい。
冷静になってこの句を読み直すと、言い過ぎでも何でも無い、まさに見たまま感じたままを詠んだものだと頷ける。拙句の中途半端な詠み方に比べ、具体的で断然力がある。「写生」とその「表現」の難しさを改めて知った。
(水 22.08.04.)