虹見つつ後ろ歩きに帰りけり 横井 定利
虹見つつ後ろ歩きに帰りけり 横井 定利
『この一句』
日経俳句会の六月合同句会において、「虹」の兼題で最高点を得た句である。「虹に背を向けるのがもったいなくて、後ろ向きに歩いた子供の頃を思い出した」(明生)という評に代表されるように、幼い頃の体験を回想して点を入れた人が多かった。虹は雨が上がってすぐに太陽が顔を出すなど気象条件が揃わないと見られない。子供の頃は七色の虹の美しさや不思議さに心を奪われたものだ。虹が帰る方向と逆の空に出ていたら、後ろ向きに歩き、消えるまで見ていたいとの思いはよく分かる。
これに対し「後ろ歩きは二歩三歩ならいいけど、後ろ向きで(家まで)歩いて帰れるわけはない」との強力な反論があった。「帰りけり」と下五を終結・完了形と読んで、最後まで後ろ歩きで帰ったと考えた訳だ。確かに後ろ歩きでは転びやすいし、交通事故に遭わないとも限らない。しかし「帰りけり」を回想・詠嘆ととらえ、「帰ったこともあったなあ」ぐらいに読んではどうだろう。虹は数分で消えることが多い。後ろ歩きも長い距離ではなかったのではないか。
作者が句会後にメールで寄せたコメントによれば「後ろ向きは僕の趣味で川の周りでよくやります。健康にも良いそうです」とのこと。どうやら車の通らない安全な場所で後ろ歩きを楽しんでいるらしい。句会での議論は空振りに終わった格好だが、後ろ歩きで珍しい虹に出会ったのであれば、ご同慶の至りである。
(迷 22.07.13.)