虹淡く早く早くと妻を呼ぶ    旙山 芳之

虹淡く早く早くと妻を呼ぶ    旙山 芳之 『合評会から』(日経俳句会) 双歩 似たような句が他にも二、三ありましたね、虹を見つけると誰かに知らせたくなるんですね。 朗 「早く早く」の繰り返しがいいですね。淡い虹がすぐに消えてしまうから呼んでいる。仲いいご夫婦だなと思って。私は虹ではなかったですけど、満月の時に妻に早く早くって言ったら、今忙しいって言われて、なんだせっかく呼んだのに、っていう結果だった(笑)。 水兎 情景がすごく良く浮かんできて。そうですよね、誰かと一緒に見たいですよ虹って、と思いました。 三代 今にも消えてしまいそうな虹。妻に見せたくて懸命に呼んでいる微笑ましさが伝わります。「虹だわ虹ベランダの妻はしゃぐ声」の句も良かったのですが、この句は上五の字余りがちょっと気になって・・これは「虹よ虹」でも良かったかな。           *       *       *  双歩さんや水兎さんが言うように、虹は誰かに教えたくなるものだ。田園地帯であろうが町中であろうが、虹の出現頻度に差異は無いと思うのだが、なんとなくビルの建て込む大都会では虹が少ないように感じる。  作者は久しぶりに虹を見つけて嬉しくなったのだろう、伴侶にも見せてやりたいと大声で呼んだ。それなのに、中々来ない。淡く頼りない虹は今にも消えそうだ。気が気じゃない。 (水 22.07.19.)

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夏草を刈る人も無し社宅跡    須藤 光迷

夏草を刈る人も無し社宅跡    須藤 光迷 『この一句』  社宅とは、昭和世代にとって懐かしい言葉である。社宅制度は明治時代からあるらしいが、昭和の高度成長期を中心に広く普及した。戸建てから鉄筋のアパートまで規模や形状は様々だが、同じ会社に勤める社員とその家族が暮らし、コミュニティーを形成した。  その後社会が豊かになると、持ち家推進策がとられ社宅を出て行く人が増えてくる。プライバシーのない社宅は嫌われ、住む人は減っていった。老朽化した社宅は売却したり、取り壊して空き地となったところが多い。  掲句は昔社宅があった空き地がほったらかされて、夏草が生い茂っている様を詠む。作者によれば家の近くにある大手企業の社宅跡という。「刈る人も無し」の措辞は、言外に「住んでいる人は誰もいなくなった」の詠嘆がある。作者が見ているのは、企業の栄枯盛衰であり、社会の変転であろう。句会でも「戦争中の社宅を思い出した」(白山)、「昔住んだことある。昭和の遺物」(的中)など、自らの思い出を重ねて点を入れた人が多かった。  芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」の句を引くまでもなく、生命力あふれる夏草は、滅びしもの、儚なきものとよく対比される。昭和という時代のエネルギーや家族のありよう、コミュニティー、それらが失われたことに対する哀惜の思いも感じられる。 (迷 22.07.18.)

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黴臭き古書店にいる本の虫    植村 方円

黴臭き古書店にいる本の虫    植村 方円 『合評会から』(日経俳句会合同句会) 反平 ともかく古本屋が大好きです。この句はいいのだけれど、あの匂いは黴の匂いじゃなくて、古本の持ってる尊い匂いだと思います。 水牛 ここに詠まれている本の虫は、この店に毎日来る客なのでしょう。どの本屋にもそういう人がいるのだけど、あんまり買うことはしない。そういう人を見ている方が面白いなと思って採りました。 三薬 いいのだけど、「本の虫」で紙魚と人間の両方をかけるのは、ちょっとやり過ぎのような気がしました。 春陽子 神田古書店に徘徊する本好きを、「本の虫」と捉えて詠むのは絶妙です。 実千代 古書店の匂いと本の虫である作者の様子が手に取るように分かります。           *       *       *  この句を採った人はおおむね、本の虫を二本足の虫だと捉えているが、採っていない人の中には、文字通り「紙魚」を詠んだ句と解釈した人もいた。また、この句を採った人は、筆者も含めて、ほとんどが古本屋好き。この句の作者も大の古本屋好きで、古本屋愛が詠ませた句に違いないと思い込んでしまった。ところが、作者は、たまに通る荻窪の古本屋の換気が悪くて中に入る気がしないという。しかも、その店に人が集まるのは、エロ本が目当てだともいう。居並ぶ古本屋好きはみんな欺された心持ちになった(に違いない)。蕎麦屋だと思って入ったら、饂飩屋ならまだしも、金物屋だったという気分??いずれにせよ、思い込みは禁物。 (可 …

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年ひとつ重ね夏越の大祓     廣田 可升

年ひとつ重ね夏越の大祓     廣田 可升 『季のことば』  6月30日に神社は茅で編んだ大きな輪「茅の輪(ちのわ)」を立て、氏子にくぐらせてお祓いし、汚れや罪障を払い清め、健康・安全を祈る。氏子たちは配られた紙の人形(ひとがた)に名前と生年月日を記し、それで頭や身体を撫で、息を吹きかけ身内の穢(けがれ)を人形に移して川に流す。こうして一年間の罪穢れを落とし、次の一年の息災を祈るのだ。これが「夏越の祓(なごしのはらえ)」で、単に「夏越」とも云い、「水無月祓(みなつきはらえ)」とも云う。また、この句のようにおごそかに「大祓」と云うこともある。茅の輪くぐりが印象的なので、「茅の輪」も夏の季語になっている。  平安時代には宮中で6月と12月晦日に大祓の祭祀が行われ、これが民間に広まった。12月のは一年を締めくくる「年越」であり、まさに大祓である。これに対して6月のは「無事に半年過ぎました。暑熱も峠を越えました」と、夏を無事に越えたことを神に感謝する行事だから「夏越」の大祓なのである。しかし、新暦の6月はこれからが夏本番だから「夏越」というのがちょっとピンとこないところがある。ということから地方によっては7月31日に夏越大祓を行っている。そして近頃では暮のは大晦日から元旦へと続く初詣に譲って、「大祓」はもっぱら水無月祓に代表させるようになった。  この句の作者は6月生まれなのか「年一つ重ね」と言っている。社頭に茅の輪が立てられると「ああまた一つ年とったな」と、人一倍しみじみとするのだ。 …

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ゆるやかに水車は廻る夏の空   石丸 雅博

ゆるやかに水車は廻る夏の空   石丸 雅博 『この一句』  大きな水車はゴットン、ゴットンと緩やかに回る。小流れを利用してカラカラと早く回るのもあるが、やはり水車は見上げるほど大きなものがいい。例えば北斎の「富嶽三十六景」シリーズに「穏田の水車」という作がある。画面の左側に大きな水車の半分が描かれており、その高さは五㍍ほどになるだろう。近寄ればまさに見上げるほどの高さになるはずだ。  かつては低い流れを高所に揚げる揚水型や精米、製粉用など、農業、工業にさまざまな用途があったが、現代では観光用に動いているものが多いようだ。「おお、水車が回っているよ」と、観光客が寄ってきて、水のエネルギーに感嘆し、「あんな高くまで」と見上げ、落ちてくる水に目を見張る。水車たちはいまや、「それこそが我が本領」と考えているのだろう。 ハイカーたちが見に行く水車を考えてみよう。案内書に水車のある場所が示され、その横に蕎麦屋があったりする。野原の中や田畑に沿った道を行けば、やがて水車が見えてくる。近寄るごとに水車は大きくなり、目の前に見上げれば「こんなに大きいの!」と口をあんぐりして空を見上げる、ということになる。句の下五は、まさにそのような「夏の空」なのである。 (恂 22.07.14.)

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虹見つつ後ろ歩きに帰りけり   横井 定利

虹見つつ後ろ歩きに帰りけり   横井 定利 『この一句』  日経俳句会の六月合同句会において、「虹」の兼題で最高点を得た句である。「虹に背を向けるのがもったいなくて、後ろ向きに歩いた子供の頃を思い出した」(明生)という評に代表されるように、幼い頃の体験を回想して点を入れた人が多かった。虹は雨が上がってすぐに太陽が顔を出すなど気象条件が揃わないと見られない。子供の頃は七色の虹の美しさや不思議さに心を奪われたものだ。虹が帰る方向と逆の空に出ていたら、後ろ向きに歩き、消えるまで見ていたいとの思いはよく分かる。  これに対し「後ろ歩きは二歩三歩ならいいけど、後ろ向きで(家まで)歩いて帰れるわけはない」との強力な反論があった。「帰りけり」と下五を終結・完了形と読んで、最後まで後ろ歩きで帰ったと考えた訳だ。確かに後ろ歩きでは転びやすいし、交通事故に遭わないとも限らない。しかし「帰りけり」を回想・詠嘆ととらえ、「帰ったこともあったなあ」ぐらいに読んではどうだろう。虹は数分で消えることが多い。後ろ歩きも長い距離ではなかったのではないか。 作者が句会後にメールで寄せたコメントによれば「後ろ向きは僕の趣味で川の周りでよくやります。健康にも良いそうです」とのこと。どうやら車の通らない安全な場所で後ろ歩きを楽しんでいるらしい。句会での議論は空振りに終わった格好だが、後ろ歩きで珍しい虹に出会ったのであれば、ご同慶の至りである。 (迷 22.07.13.)

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筑波嶺に雲たなびきて梅雨明けり 石黒 賢一

筑波嶺に雲たなびきて梅雨明けり 石黒 賢一 『この一句』  梅雨明けの筑波山に白雲たなびき、真っ青な空の下に広がる関東平野。実に 爽快な景色をなんの衒いもなく詠んだところが素晴らしい。  現代俳句では富士山は盛んに詠まれるが、どいうわけか筑波山はあまり登場しない。しかし、俳句の祖先である連歌は別名「筑波の道」と言う。東征したヤマトタケルが筑波を過ぎて甲斐国にやって来たとき、「新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる」と問いかけたところ、お供の火灯の翁が「かがなべて夜には九夜日には十日を」と受けて、一首成立せしめた。これが連歌の始まりとされている。  時代が下るにつれて連歌が形式主義に陥ったのを脱しようと、江戸時代、「世俗的な連歌」すなわち「俳諧」が生まれた。何も歌言葉に限ることはない、普通の言葉で詠もうじゃねえか、和歌や連歌に取り上げられない下世話なものを詠んでもいいだろう、と面倒な決め事(式目)を取っ払った。これで息を吹き返した連歌は「俳諧連歌」と呼ばれ、やがて「俳諧」という呼称になり、その最初の句「発句」が独り立ちして「俳句」となった。  本物より落ちるものには頭に「犬」を付ける言い方がある(イヌガヤ、イヌギリなど)。それにならって初期の俳諧師たちは自分たちの連歌(連句)を卑下して「犬筑波」と言った。このように、筑波山と俳句は深い縁がある。そんなことも思い出されて、梅雨明けを富士山ではなく筑波山でうたったのはいいなと、嬉しくなった。 (水 22.07.12.)

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足元にふるさと見ゆる夏の山   後藤 尚弘

足元にふるさと見ゆる夏の山   後藤 尚弘 『合評会から』(三四郎句会) 進 ふるさとが足元に見えるとは。素晴らしいことですね。 有弘 故郷を見下ろすと言う視点が面白い。 而云 車での峠越えか、登山かな。足下に見える故郷。両親は ご健在でしょうか。           *       *       *  掲句を見て反射的に、米国の民謡「峠の我が家」を思った。ところが後で調べたら、この歌の原題「Home on the Range」の「Range」の意味は「峠」ではなく「平原」だという。つまり歌の本意は「平原から遥かに眺めた故郷」なのだ。とは言え、私の心に描く句の要は「足下の」にあり、それこそが山国に住む日本人の「故郷」だと思うことにした。  登山やハイキングなどで高所に上り、下界を見下ろすと、はるか遠くに小さな集落が見えることがある。都会に住む者は「ああ、あんな所に」と思い、「都会に出て行くのはたいへんだろう」などと同情するが、自分の故郷が「あんな所にあれば」という憧れも生まれる。「足元にふるさと見ゆる」—-。日本人の多くが、何らかの思いを描くフレーズだと思う。 (恂 22.07.11.)

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梅雨明や富士がこちらへ近づけり  前島幻水

梅雨明や富士がこちらへ近づけり  前島幻水 『合評会から』(番町喜楽会) 愉里 梅雨の間、ぼうっと見えていた富士山が、梅雨が明けて空が晴れ渡ると、はっきり見えた、ということでしょうか。それを「近づけり」としたのが面白いですね。 可升 ありもしないことを躊躇うこともなく「近づいた」と言い切ったところが面白いです。 水兎 梅雨が明けて、電車から見える富士山にハッとすることがありますね。           *       *       *  きわめて分かりやすい感覚を詠んだ句である。何がどうであれ、物理的には富士山が近づいて来ることなど起こりえない現象だ。梅雨空続きのもとでは富士の山容も定かでなかった。梅雨が明けて遮るものがなく視界が開けると、富士山が「近づいてきた」感じがしたというのだ。たしか作者の住まいは横浜方面だったと覚えている。自宅のマンションかと思うが、毎日毎日ベランダか窓ガラス越しに富士山の姿を眺めていると、このような感じがしてしまうのに違和感はない。  こんな小咄があった。富士に登った友だちに、「そこから江戸の俺の長屋が見えたろうと聞く。見えないと友だちが答えると、変だな、俺のところからは富士山が見えた」という他愛のない小咄。これとはもちろん趣は違うが、物理的ではない人間の距離感覚を詠んで納得する。ことに「富士がこちらへ」の表現がいい。 (葉 22.07.10.)

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根津湯島巡り町屋は夕薄暑   玉田 春陽子

根津湯島巡り町屋は夕薄暑   玉田 春陽子 『合評会から』(日経俳句会紫陽花吟行) 明古 地名が効いている。常々、下町と「薄暑」は好相性と思っています。 白山 名残りの薔薇もあり「夕薄暑」が良い。 操 路線バスから地下鉄に乗り継ぎ吟行最後の目的地町屋に向かう。時間の経過が心地よい。 幻水 今回の吟行の行程を面白く詠んでいるのが良い。           *       *       *  東京の地名が三つも入っている。地名を入れた句は成否が分かれると言う。地名を安易に詠みこんでは月並句に堕す恐れが十分にあると、普段から教わっている。地名のもつ独特のイメージに頼り過ぎてもいけないし、逆に地名が入ることによって句が生き生きと力を発揮する場合がある。作者の「高遠は空濠渡るほととぎす」が発句に採られ、先日歌仙を巻き終えた。これなどは伊奈の高遠城のイメージが読み手になければ、あるいは外の地名だとしたら訴える力がずいぶん違ったと思える。  歌仙「高遠の巻」は吟行をしながら忙しく進んだ。文京区の白山神社、八百屋お七の圓乗寺、小石川植物園をめぐる吟行である。路線バスと地下鉄を乗り継ぎ、最終目的地・町屋の蕎麦屋で打ち上げ会。だから地名が三つ、吟行の行程を詠んだだけとはならない味わいを醸し出している。たどり着いた町屋の「夕薄暑」が単なる季語ではない役割を果たしている。 (葉 22.07.08.)

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