苗放る老母の面影芒種かな 池内 的中
苗放る老母の面影芒種かな 池内 的中
『季のことば』
二十四節気の一つ「芒種」は六月六日。当日昼のテレビ番組で天気予報士がクイズを出していた。「芒種」と「穀雨」どちらが種まきの時を表す季語かと。迷った出演者の多くは穀雨を選択していた。さように現代人にはなじみのない言葉であろう。
上の句はとうぜん昔の情景である。機械植えが当たり前の今では、手植えの実景を見る機会はほとんどない。残るは新嘗祭に用いる米を天皇が皇居の田んぼにお手植えするか、地方学校の実習くらいだろうか。「苗放る」という上五に懐かしさがよみがえる。「早乙女」の昔より田植えは女性が主役となる農作業。親父が畦に立って田んぼの中で待ち構える女房、娘につぎつぎ苗を放り投げる。よく見た光景である。映画好きの筆者は、なぜか戦後のイタリア映画『にがい米』を思い出す。若い豊満な女優が演じる田植えシーンが重なり合う。どうでもよいが、女優の名はシルヴァーナ・マンガーノ。
この句の場面は女性が投げ役で、しかもかなりお年を召した母親という設定だ。芒種の兼題にこの情景はしっくりきた。なにより景が鮮明でノスタルジーがある。今の若者にちょっとした俳句ブームが起きているが、彼らがこのような句を詠むことなく早晩鑑賞句から外れてしまうに違いない。句中「面影」としているので、「老母」はただ「母」とすべきとの合評に肯けるが、やっぱり作者思い出の中の「老いたおふくろ」なのだろう。
(葉 22.06.22.)