麦の秋つぎのバスまで三時間 加藤 明生
麦の秋つぎのバスまで三時間 加藤 明生
『季のことば』
麦秋とは麦が実り、刈入れの時期を迎えた頃を言う初夏の季語である。「秋」と言うと現代人は9月10月を思い浮かべるが、本来は穀物の実る「時」を指す文字であった。古代中国王朝の都は長安(西安)、洛陽など黄河流域にあり、この一帯は小麦地帯だから、「麦秋」はまさに「実りの時」だった。現代もこの麦の収穫期の黄河流域一帯は「麦刈り労働者」が各地から集って、大賑わいとなる。
日本の麦秋はそれほどの大騒ぎにはならないが、田植え時期と相前後するので農家にとっては大変な繁忙期となる。
そういう農作業を他人事のように眺めている都会人には、麦秋の頃合いは絶好の行楽日和である。もう十日もすれば梅雨の走りの雨が降る。五月末から六月はじめにかけての、高気圧、低気圧交互にやって来て天候不安定な中での幸運な晴天。きれいな青空の中に雨を呼ぶような雲も見える。江戸後期の金沢出身の俳諧宗匠桜井梅室はそうした雲行きを「麦秋や雲よりうへの山畠」と詠んでいる。
それはともかく、恵まれた日和を楽しもうと高齢男女はいそいそと郊外散策に出で立つ。電車に1時間ばかり乗って郊外に出れば、首都圏かと疑うような田園が広がる。しかしもうそのあたりは過疎地。バスの停留所はあるものの、時刻表を見れば朝夕の通勤時間こそ20分に1本あるが、それを外せば三時間に一本しか来ない。それでもまあいいや、コンビニで買ったおにぎりとお茶があるし、雲雀の声でも聞きながらゆっくり命の洗濯をしよう。
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