言葉出ぬままにつつじの浄閑寺  植村 方円

言葉出ぬままにつつじの浄閑寺  植村 方円 『合評会から』(都電荒川線薔薇吟行) 三薬 あそこを訪ねたら、無言、俯き加減で出てくる。正しい姿でしょう。バラで浮かれ気味のところ、歴史の現実に引き戻されたひと時。 青水 上八の措辞と下九のさらりと季語を入れ込んだ句またがり。夕暮れ近くの、日陰の濃くなりだしたあの吟行の雰囲気を、たくみに表出している。技巧を感じさせない措辞に一票。 三代 投げ込まれた吉原の遊女の境涯を思うと本当に言葉も出ません。つつじの美しさがかえって世の非常さを感じさせます。           *       *       *  この寺はとても古く、家康が江戸に入る前からあったらしい。とにかく、荒川辺の湿地帯と田んぼと畑の僻村に出来た寺だが、江戸の町が開かれ歓楽街吉原が近くに誕生したⅠ600年代半ば以降、身元引受人の居ない遊女の遺骸を葬る場所になって一挙に有名になった。  今訪ねる浄閑寺は町中の、商店やマンションの並ぶ一角にあって、表門はごく普通の大きなお寺である。本堂に向かう舗装された広い前庭はさしたることもない。しかし、本堂脇の門をくぐって墓地に入ると、タイムマシンに乗ったような感じになって、陰陰たる空気に押し込められる。お地蔵様を載せた大きな「新吉原総霊塔」があり、その下の地中には、昭和33年に売春防止法が施行されて吉原遊廓が無くなるまでの300年間に死んだ遊女27000体が埋まっているという。墓地には誰とも知れない参詣者による香華が絶えない。なぜか赤い…

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人気無きお岩通りや夏浅し    和泉田 守

人気無きお岩通りや夏浅し    和泉田 守 『合評会から』(都電荒川線薔薇吟行) 三薬 暑いなか、おじいさんお疲れ様でした。よくぞ名付けたお岩通り、人気なき中、とぼとぼと歩く我らをお岩さんも、さすがに恨めしや、とは言わなかったでしょう。 而云 夏浅しのお岩通り、気付かずに通り過ぎていたなあ。 青水 薔薇の鑑賞もさることながら今回の吟行は寺巡りでもありました。それも曰く付きの寺だらけ。初夏の昼下がり、妙行寺あたりの静寂を、我々一行だけが蠢いていました。季語をお岩通りの措辞でとらえて巧みですね。           *       *       *  5月5日の立夏のこの日はいきなり夏日になった。前の日までは長袖に、夜に入るとカーディガンを羽織るほどだったのだから、急な暑さはこたえた。  この「お岩通り」とは、鶴屋南北の『東海道四谷怪談』で有名なお岩さんを祀ったお墓のある妙行寺の門前町だからこの名が残っている。同じ墓所には『忠臣蔵』で有名になった播州赤穂浅野家代々の正室の墓もある。浅野家は内匠頭の江戸城内での刃傷事件によってお家断絶の沙汰(改易)を下され、藩主は国元の然るべきところに葬られたが、江戸住まいの正室たちの墓所がおぼつかなくなってしまうとあって、内匠頭の正室瑶泉院が「永代供養料」を納めて代々の墓を据え、今に至るも立派な石塔が建っている。  しかし、今どきの人たちにとっては、お岩さんも、瑶泉院も内匠頭も「なんだか聞いた事ある」といったくらいの存在なのだろう。初夏の昼下…

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薄闇の路地溢れ出ん躑躅かな   向井 愉里

薄闇の路地溢れ出ん躑躅かな   向井 愉里 『季のことば』  今年の躑躅はことに見事だった気がする。所によって違いはあったのだろうか。作物・果実には生り年、裏年がありその辺はっきりしている。草花の躑躅も生り年だったのかもしれない。筆者の住む千葉県佐倉市の住宅地では、メイン道路の1キロほどが華やかな〝躑躅の道〟となる。車を運転し外出から帰るたび、ビクトリーロードを行く気分になると言えばちょっと言い過ぎか。また町内各家の前には躑躅の植裁があって、これまた開花後の旬日を楽しませてくれる。紫がかった赤、ピンクまじりの白、さらにピンク一色と、三つの彩りが織りなすハーモニーはじつに美しい。この句の通り、満開のとき植裁全体が膨張し、溢れ出るばかりに自らの存在を誇示する。  作者は夕方遅く、勤め帰りの途中にこの一句を得たとみる。一日の仕事疲れを感じながら、さて夕飯は何にしようかとでも考えたか。路地に目をやるとこの光景が飛び込んできた。時節がら最近は日の長さを感じ、日没後もかなりのあいだ薄暗さが続く。「薄闇の路地溢れ出ん」のフレーズが実景だと思わせる。躑躅のほんとうの美しさは陰翳のなかにあるのかもしれない。  そんな躑躅、散ったあとの姿は無残だ。散り敷く大量の花びらは茶色に変色し、汚げに萎んでいる。「美」と「醜」の両極端を演じるのは花の宿命だが、人間の一生はそうありたくないなどと、思いを飛ばすのは柄でもないが……。 (葉 22.05.29.)

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五年越しやっと昇段初夏の空   荻野 雅史

五年越しやっと昇段初夏の空   荻野 雅史 『この一句』  素直な気持ちのよい句である。武道であろうか、五年越しの挑戦が実り、念願の昇段を果たした。その喜びと初夏の爽やかな空がマッチして、読む人の心まで晴れ晴れとしてくる。「五年越し」と「やっと」は意味がやや重なるが、「よほど苦労したんだろう。ユーモアがある」(水牛)など、作者の心情が込められた表現と肯定的にとらえる向きが多かった。  作者は新聞社の編集部門に勤務する五十代。幼い頃から剣道に取り組み、途中20年ほどのブランクを経て40歳を前に再開、仕事の合間を縫って稽古に励んできた。この5年、チャレンジしてきたのは五段昇段。剣道の段位は初段から八段まであるが、段が上がるにつれて試験も難しくなる。合格率は五段で20~30%、最高八段は1%以下と聞く。  新聞社は勤務が不規則でなかなか時間が取れず、月2回ほど稽古に参加するのがやっと。このため挑んでも挑んでも合格せず、落ちた回数は10回を超えるという。そんな苦労の末に掴んだ昇段である。「やっと」の三文字に実感がこもるのも無理はない。  作者には「自粛明けマスクの剣士夏稽古」や「冬の日に素振り入魂豆剣士」などの句がある。掲句を含め、いずれも剣道に対するまっすぐな思いが伝わってくる佳句である。 (迷 22.05.27.)

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老木の洞にタンポポ咲きにけり  石黒 賢一

老木の洞にタンポポ咲きにけり  石黒 賢一 『合評会から』(三四郎句会) 尚弘 気が付かないところがうまく表現されています。 有弘 生命力の細やかな発見。 諭  さりげない風景で見過ごされがちだが、こんなところにも共存しており、摩訶不思議な生命力を感じる。           *       *       *  老木の根元近くが大きな洞になっており、そこになんとタンポポが咲いているではないか。その発見の喜びを、見たままに詠んでいる。こうした詠み方は得てして「報告調」とか「散文調」と言われて軽んじられてしまうことが多いのだが、この句には人を引きつける力がある。三人の評者がこもごも述べている通り、「見過ごされてしまいがちだが非常に魅力的な光景」と「確かないのち」を提示したことで、単なる報告を越えた訴求力を持った。  年古りた街路樹だろうか。戦後間もなく植えられたソメイヨシノやプラタナス、ハンテンボクなどにはもう寿命を迎えたものが多い。桜並木で有名な中央線国立駅前通りのソメイヨシノは、十数年前から次々に若木に植え替えられているが、まだ頑張っている初代もあり、そういう老木の幹にはぽっかり穴が空き、根元近くは落葉や土が溜まって、小さな草花の揺りかごになっている。  こうした所に舞い降りたタンポポの絮は幸せだ。すくすく育って花咲かすことが叶う。仲間の数百数千の冠毛は固い舗装路に落ちたり、川に落ちて海に運ばれてしまった不運なものも多かっただろう。老木の洞に咲いたタンポポを見つめる作者の…

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薔薇の坂眼下に広し港町     谷川 水馬

薔薇の坂眼下に広し港町     谷川 水馬 『この一句』  この句を読んで、すぐに脳裏に浮かぶ港町がいくつかある。例えば函館。修道院から出てきた時の街の姿はまさにこんな感じだった。例えば横浜。港の見える丘公園と隣接する外人墓地から見える光景はこんなふうである。例えば神戸。北野の異人館の通りはまさにこんな感じである。天然の良港と言われる土地は、大型船が停泊できる水深を持たなければならない。従って、そういう港を持つ街の地形は、必然的に坂のある街になるのだろう。  この句のもう一つのキーワードは季語の「薔薇」である。われわれが日常的に見る植物で、こんなにバタくさい、言い換えれば、非日本的な植物はないのではないだろうか。今日、薔薇は日本全国どこでも見られるが、やはり薔薇は少々バタくさい土地柄がよく似合う植物である。太宰治にならって、「富士には月見草がよく似合う」なら、「港町には薔薇がよく似合う」。海外に開け放たれた窓口である「港町」と「薔薇」は、とても親和性の高い関係であるように思える。  掲句は「眼下に広し」の措辞がとてもよく効いている。坂道はなんと言っても見晴らしが良いのである。その解放感が、夏の季語である「薔薇」を引き立てている。横浜市民である作者は横浜の光景を詠んだようだが、もちろん、神戸でも、函館でもさしつかえはない。 (可 22.05.25.)

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母の日の祝ひ競ふや嫁三人    高井 百子

母の日の祝ひ競ふや嫁三人    高井 百子 『合評会から』(番町喜楽会) 水兎 お嫁さんが三人というと作者がわかちゃうんですが…。「祝ひ競ふ」が面白いですね。 てる夫 私の近くにも嫁さんが三人いる人がいるんですが、三人三様で、家族が多いのはいいなぁと思いました。 春陽子 「母の日」の兼題で出てくる句は、自分の母のことを詠んだ句が多いですが、この句は「姑」の立場で詠んだのが面白いです。いい息子を三人も育てたなぁ。これは「姑」が息子を通して嫁を仕込んだ結果の句ですか?(笑) 白山 「嫁三人」の措辞がいいですね。羨ましい。うちはまだ結婚してくれないんです。           *       *       *  作者は三人の息子さんを女手一つで育て上げた。その間、色々と苦労は絶えなかったと思うが、そんなことは今はおくびにも出さない。立派に育った三人とも一家を構え、孫も増えた。今年のゴールデンウイークには子や孫に囲まれて、庭でバーベキューをしたそうだ。母の日には、それぞれのお嫁さんの名前で心の籠ったプレゼントが届いたという。  作者曰く、『これまで「母の日」の句は、自分の母に対する気持ちを詠んだ句ばかり作ってきたので、「姑」の立場で詠んでみました。「競ふ」という措辞が、なんだか意地悪い姑の感じがして嫌だったのですが……。別に嫁さん同士競ってはいませんよ』と添えた。 (双 22.05.24.)

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たんぽぽに地蔵菩薩の昼下がり  吉田 正義

たんぽぽに地蔵菩薩の昼下がり  吉田 正義 『合評会から』(三四郎句会) 而云 たんぽぽと地蔵様の取り合わせには、ほのぼのとした雰囲気を感じるなぁ。 久敬 田舎の春のおだやかな風景が思い浮かびますね。 雅博 「地蔵菩薩の昼下がり」が、たんぽぽらしさを引き出している。 賢一 ゆったりとした時間が流れているようです。地蔵さんがいい。 田村 お疲れのお地蔵さんにたんぽぽを配して、ほっこり感が生まれてきます。           *      *      *  陽春の一風景。路傍のお地蔵様にたんぽぽを配したこの句、誰もがいい雰囲気だ、と感ずるに違いない。時がゆったりと流れ、ふわふわと飛んできた蝶が、たんぽぽに止まって一休み、というような場面が浮かんでくるし、「昼下がり」という時刻設定も効いている。  一つだけ気になるのが上五「たんぽぽに」の「に」である。「AとB」の「と」のように、二つのものを並べる格助詞の役割を「に」に与えているなら、「たんぽぽ”と”」とした方がすっきりするのではないだろうか。お地蔵様は眠たそうに「どちらでもいいよ」とおっしゃるかも知れないけれど。 (恂 22.05.23.)

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よそ見した入学式の写真かな   印南  進

よそ見した入学式の写真かな   印南  進 『この一句』  この句に対して、「そうそう」「あるある」「実は私も・・・」といったコメントが続いた。小学校の入学式で、新入生が何列かに並んだ中で必ずと言っていいほどに見かけるのが、よそ見をした生徒である。その場面が写真に撮られてしまうと、何年経っても写真を見るたびに思い出し、家族や親類などの笑いを集める仕儀となるのだ。  幼稚園児、保育園児ではもっと落ち着きがなく、列も乱れがちなのだが、小学校入学は幼児から大人への第一歩。親たちは胸を張ってきちんと立ち、よそ見をしないような我が子の姿を望んでしまう。しかし前後左右に一年生が並ぶとなると、誰もが落ち着きを失う。「お母さんはどこかな」と確かめたくもなるはずである。  句の作者は「落ち着きのない注意散漫の子だったからなぁ」と小学校入学時の自分を振り返る。大卒後は航空会社に入り、重要な役目を果たして引退。句友の間では信頼の置ける人物、とされているが、ご本人は「三つ子の魂百まで、とはよく言ったのだ」と述懐。今でも小学校入学時の写真を見ながら「自戒している」そうである。 (恂 22.05.22.)

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母の日にまるまる母を洗ひたり  星川 水兎

母の日にまるまる母を洗ひたり  星川 水兎 『この一句』  何と優しい、また何と的確な言葉を選ばれたのだろうと、その性格と言語感覚に羨ましさを感じた。そのカギは「まるまる」という簡にして要を得た表現にある。この一語によって、母親の頭の天辺から足の爪先まで、全身をくまなく丁寧に洗っている様子が想われる。同時に、老いた母親を優しく慈しんでいる心持ちが伝わって来る。  多分、作者は母親の体を洗いながら、いろいろ語り合ったのではないか。かつての家族、たとえば父親のこととか、最近の心身の具合とか。その何気ないような会話には、自分を育て上げてくれたことへの感謝の念が籠っていただろうし、これからの母親の生き方を見守ろうという思いも混じっていただろう。そしてゆったりと手を動かしていく。 日本で「母の日」が広まったのは昭和四十年代のことといわれる。ただ、当時は企業戦士全盛、マイホーム主義は白い目で見られた。ところが現在はワークライフバランス重視の時代。子供がお母さんの絵を描いて持って行くと、店頭に貼り出すだけでなく、ご褒美に玩具をくれるスーパーもある。母の日も時代を映す鏡なのである。 (光 22.05.20.)

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