鳥帰る沖に白き帆うたせ舟    谷川 水馬

鳥帰る沖に白き帆うたせ舟    谷川 水馬 『この一句』  「鳥帰る」の兼題に作者が出したもう一つの句は「不知火の海で風待ち鶴帰る」で、高得点を得た。「不知火の海(熊本八代海)」の持つイメージと語感が選句者のこころをつかんだようである。いっぽうの「うたせ舟」は馴染みが薄かったか、筆者ともう一人だけの点にとどまった。漢字で打瀬舟と書く小型漁船は一枚か四、五枚の帆を掛け、内海や湖で漁をする。四百年前からの古い漁法のようで、不知火海、霞ヶ浦や北海道野付湾に現在も残っている。風のまにまに潮の流れにまかせ、網で小魚やエビを獲る今風に言えばエコな漁法である。  「不知火」と「うたせ舟」の句を見たとき、筆者は作者が同一人物であろうと直感した。同じ不知火海の情景である。甲乙つけがたく思いどっちを選ぼうかと迷ったが、結局うたせ舟を採った。「鳥帰る」の鳥というのは鹿児島・出水のナベヅルであろうと想像できる。ナベヅルは目の周りが赤く、羽根の先は薄墨色だが、鶴はうたせ舟の白い帆によく似合う。  熊本のうたせ舟は海の貴婦人とも呼び、遠見には大型帆船日本丸のミニチュア版のような存在だ。不知火の海に浮かぶ白帆の群れ、空にはシベリアに帰るナベヅルの群れという兼題季語を配し堂々の句となっている。余計な詮索になるが、この句を「鶴帰る」としなかったのは鶴と白帆の付き過ぎを嫌ったとみたが。 (葉 22.03.24.)

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