春愁や猫を抱き寄せ揺すりをり  斉山 満智

春愁や猫を抱き寄せ揺すりをり  斉山 満智 『季のことば』  「春愁」という季語は、いざこれを据えて句を詠もうとすると、なかなか難しい。苦心して作れば作るほど、わざとらしく、拵え事のようになってしまうのである。情感の籠もった季語だから、ここに己の抱く思いを盛り込むとしつこくなってしまう。さりとて景色や物事を取り合わせてみても、どうもうまく付かない。  この季語は大正期に定着した新しい季語で、三、四月の春たけなわの頃、ふととらわれる物憂い感じ、物思い、憂愁を述べる言葉である。明治30年に島崎藤村の『若菜集』が出て、新体詩というものが一世風靡し、大正ロマンへとつながって行った。それにつれて新しい詩語が続々と生まれ、それに触発され新季語が量産された。「春愁」もその系譜に連なるもののようである。ということであれば、あまり深く考えないで作った方がいいようだ。「愁」に囚われたりするとろくなことがない。  同じ句会に「春うれひ所詮些細なことばかり てる夫」が出され、昨日の当欄に掲載されたが、「春愁」という季語の本意をよく言い当てていると思った。それと同様に、この句もいかにも春愁というもやっとした気分をうたっている。どうにも気分が落ち着かず、もやもやとして、思わず猫を抱き寄せて揺すったというのだ。これもまた春愁の一コマだが、猫にとっては大変な迷惑である。 (水 22.03.14.) 

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