膝ついて肘ついて撮る菫かな 嵐田 双歩
膝ついて肘ついて撮る菫かな 嵐田 双歩
『この一句』
もののみごとに見逃してしまった秀句である。「菫」が兼題の三月句会で最高点を得た。投じられた句は、作者の動きをともなわない静物写生がほとんどだったと思う。そのなかでこの句は、菫の可憐さや淡い儚さを切りとろうという動作がある。採らなかったのに評を書くのは、言い訳にもならない言い訳だが選句表の最後の最後にあったからだ。前の方で気に入った句を二つ見つけて、選句おしまいの気分になって通り過ぎてしまった。ほかのことに忙殺されているときには気を付けなければならないと、しみじみ反省している。
句会に長年新聞写真を撮り続けてきたプロのカメラマンがいる。カメラマンの目は巨視的でもあり微視的でもある。季節の景色を広角レンズで大きく捉えることも、地面の小さな動植物を接写することもある。この句はまさにプロの接写の様子を活写した句である。会社勤めのカメラマンがつねにジーンズなどの作業衣を着ている理由が分かる。ときには火の中、水の中も辞せずに飛び込み、紙面に載せる写真を撮らざるを得ない。
作者はいま菫の可憐さをカメラに収めようとしている。上方から、つぎはローアングルで。どうもしっくりこない。膝をついてみたがまだ不満。ついには肘をつき腹ばいになって接写することになる。服の汚れなど気にしていない。一枚に懸けるカメラマンの意志が見える句である。
(葉 22.03.11.)