託されし畑打つ腕若きかな 水口 弥生
託されし畑打つ腕若きかな 水口 弥生
『季のことば』
「畑打つ」は「耕(たがやし)」という春の季語の派生季語。いよいよ種蒔きシーズンが近づいて、固くなっている耕土を鋤き返し、柔らかくする作業が「畑打ち」だ。今は農協や近隣の共同作業で、農機を使っての耕しがもっぱらだが、そういうのはある程度の広さのある田畑に限られる。兼業農家の小さな畑では、やはり昔ながらの鋤、鍬による耕しである。これが重労働で、寄る年波のジイチャン・バアチャンにとっては大変な負担だ。こうしてやむを得ず放置された「耕作放棄地」が年々増えている。
しかし、この句は若者が帰って来てくれたという、明るく、前途の開ける感じである。老親を慮って帰郷し、農家を継ぐ決心をした若者か。あるいは早期退職し地方の農村に移り住み、打ち捨てられて荒れ果てた畑を買ったか借り受けて開墾し始めた元気な中高年か。とにかく元気一杯、やる気十分な様子が伺えて、読む方も元気づけられるような句だ。「若きかな」と無造作に詠んだところが効果を発揮している。
「はたうつかいな」と読むのか、「はたけうつうで」と読むべきか、どちらかなと読者に考えさせる、仕組んだとも思えない仕掛けが面白い。
(水 22.03.08.)