名残り日を病夫生き抜き春の雪 藤野十三妹
名残り日を病夫生き抜き春の雪 藤野十三妹
『季のことば』
「名残り日」とは珍しい言い方である。「なごり雪」という昭和から歌い継がれているフォークソングがあるほか、「名残の折」と言って歌仙を書きつける最後の一折のことを言うその「名残」でもある。辞書をひくと名残とは万葉集の昔から様々な場面で使われ、ただその本意は物悲しさのなかに、そこはかとない余韻を含んでいる語のようだ。「余波」とも書き、波の残りの約で名残に。作者は元コピーライターであることが句友に知られている。名残り日という一見造語風の言葉も作者の手にかかれば造作もなく一般語になる。
さて、この句である。作者の夫君はのっぴきならぬ病状にあるようだ。作者自身も痼疾を持っていると告白している。とすれば夫婦そろって闘病中の状況にある。句からうかがうかぎり、夫君の病状のほうが篤いらしい。「生き抜き」とあるから生死の境をさまよって、今は小康を得たとみる。しかし作者は安心してはいない。
名残り日という措辞を使うことで、遠くはない危急の日が訪れようとも覚悟はできていると言いたいのかも。その日まで精一杯ともに生きようという心構えが受け取れる。「春の雪」とは絶妙な季語である。先日東京に降った雪という現実はさておいて、夫婦の雪明りのような未来を見せている句だ。
(葉 22.03.07.)