春暁や鉄路点検影二つ 高井 百子
春暁や鉄路点検影二つ 高井 百子
『季のことば』
春暁(しゅんぎょう)という季語の本意を踏まえた、印象深い句である。水牛歳時記によれば、暁(あかつき)は夜の範疇に入る。夜明け前の最も暗い「暁闇」の時刻がそれで、暁の後に曙が来て朝となる。現在では区別があいまいになり、どちらも「夜明け頃」を指す。したがって、春暁は春の夜明けの意となるが、時間経過順に並べれば、春の暁、春の曙、春の朝となる。
掲句は夜明け前の線路で保線にあたる作業員を描写する。保線作業は終電から始発までの限られた時間に夜を徹して行われる。春とはいえまだ冷え込みは厳しい。空が白みかける頃、黙々と働く作業員の影が暁闇に浮かぶ。「鉄路点検」の韻を踏んだ硬質な表現が効果的だ。ハードな作業内容を表すとともに、交通インフラを守る大事な仕事にきっちり取り組んでいる気概もにじむ。
保線の仕事は重要だが、深夜作業が敬遠され、なり手が減っているという。団塊世代のベテランの引退時期とも重なり、人手不足が深刻化している。最近、鉄道各社が終電時間を早めている背景には、保線の作業時間を確保する狙いもあるとされる。
多くの人がまだ眠っている春暁。保線区員のほかにもたくさんのエッセンシャルワーカーが働き、社会を支えている。句を読んで、ふだん見過ごしている当たり前のことに気づかされた。
(迷 22.03.04.)