防人の旅立ち歌に建国祭 田村 豊生
防人の旅立ち歌に建国祭 田村 豊生
『この一句』
三四郎句会の投句にざっと目を通した際、「建国祭に防人(さきもり)?」と思ったが、すぐに次の句に目を移してしまった。そして候補の数句を選んだ後、改めて句を読み直すうちに、深い内容が詠み込まれていることに気づいた。作者は大陸からの引揚者であり、帰国後は小学校の教科書に自ら墨を塗った世代だ。戦前の紀元節と同日(二月十一日)に定められたこの日への思いは複雑なはずである。
作者は建国祭への思いを表すために「防人の歌」を持ってきた。例えば「わが妻はいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えて世に忘られず」(万葉集)。遠国に徴用された夫が、水鏡に浮かぶ妻の面影への思いを詠んでいるのだが、その気持ちの深さはもちろん妻も劣らない。この夫婦は、再び抱き合うことはなかったかも知れない。
大陸の強大国・唐の襲来を恐れ、東国から北九州にまで徴兵された防人たち。彼らの旅は非常に長く、特に帰路では流離や死没の憂き目に遭う人が多かったという。戦前の紀元節に防人の旅立ち歌を重ねた掲句には、ずしりとした重みを感じるが、一点だけ添削させて頂く。「旅立ち歌に」の「に」を「や」とし、句の「切れ」をここに置きたいのだ。これによって生まれるような余韻こそ、俳句という短詩の本領だと私は思っている。(恂 22.02.28.)