胸薄き少女マネキン春を着る 中沢 豆乳
胸薄き少女マネキン春を着る 中沢 豆乳
『この一句』
「春を着る」の五音の響きに心を掴まれた。読んだ途端に明るい春の装いの少女マネキンが浮かび、心弾む思いが伝わる。ありそうだが、見たことのない斬新な表現だ。独身男性の作者が婦人服売り場に行くとは思えないので、街角のショーウインドーで目にした光景であろう。冬の間はコートなど厚い洋服を着ていたマネキンが、ある日薄い春物に着替えていた。隠れていた少女の胸が見えるようになり、鮮やかな色柄の春服が映えて、春の日差しまで感じられる。
ショーウインドーの飾り付けは、季節に先駆けて変わる。作者もまだ肌寒い頃に春満開のウインドーを見て、その驚きを句に詠み止めたのであろう。百貨店のショーウインドーや展示会場の飾り付けをする専門職をディスプレーデザイナーと呼ぶ。美術大学や専門学校を出た人が多く、人気の職種らしい。国家資格である「商品装飾展示技能士」試験もあるという。
一年ほど前に別の句会で「マネキンの胸の膨らむ春の服」(谷口命水)という句が出され、このコラムで取り上げたことがある。作者はどちらもデザイナーの“演出”にはまり、女性マネキンに目を惹き付けられている。まるで表裏のような二句だが、ともに街角のショーウインドーに春を見つけた感性が光る。
(迷 22.02.25.)