七つの子巣立って老いた寒鴉 中沢 豆乳
七つの子巣立って老いた寒鴉 中沢 豆乳
『季のことば』
「寒」を冠した季語がたくさんある。「寒の入」に始まって「寒四郎」「寒九」、「寒風」「寒の水」から「寒見舞」、そして動植物にも及んで「寒梅」「寒椿」「寒鮒」等々切りがない。暖房器具は火鉢と炬燵に囲炉裏といった時代の「寒」は、現代人が考え及ばない、強烈な印象をもたらす試練だったのだ。
そうした寒の厳しさ、凄まじさを感じさせるものの一つが「寒鴉」である。枯枝にじっと止まって動かない鴉は寂寥感の象徴でもある。同じ寒の季語に「寒雀」「ふくら雀」があるが、これはもふもふと羽毛を膨らませ「暖かみ」を感じる。これに対して寒鴉には限界の厳しさがある。
この句はそういう寒鴉を見つめながら、そこに己の姿を投影しているようにも思える。寒鴉は痩せて老いさらばえている。そのまま凍死してしまうのではないか。「七つの子が巣立って、もう思い残すことはない」とつぶやいているようにも見える。
万葉時代の詩歌の作り方の一つに「寄物陳思」というのがある。元は恋する思いをモノに託して詠む手法だったが、その後、恋歌にとどまらず、心情をものの様子を述べることで表す隠喩法として流布し、俳句にも伝わった。
功成って現役を卒業するのだが、一抹の寂しさが漂う、といった心情を詠んだ句ではないのかと感じ取って一票を入れた。句会で作者名が明らかにされると、ずばりそれは当たっていた。しかし、寒鴉は実は極めて旺盛である。じっと次をねらっている。作者にもそのたくましを願う。
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