忠敬も林蔵も居て初歩き     杉山 三薬

忠敬も林蔵も居て初歩き     杉山 三薬 『この一句』  松明けの1月8日、日経俳句会と番町喜楽会は毎年恒例の七福神巡り吟行を深川で行った。その句会でダントツの一席に輝いた一句だ。もっとも吟行句なので、「深川七福神巡り」とでも前書きがないと意味が分かりにくいかもしれない。  伊能忠敬は、江戸時代に実測で正確な日本地図を作った人物として有名だ。50歳で家業を息子に譲り、はるか年下の天文学者に弟子入り。55歳の時に蝦夷(北海道)の測量に出たのを皮切りに、日本各地を実測。以来17年間に渡り全国を歩き、その距離4万キロと言われている。今の門前仲町辺りに住んでいて、測量の旅に出る度に必ず富岡八幡宮に参拝、無事を祈念したという。その縁で富岡八幡宮の参道脇に立派な銅像が建っている。  一方、間宮林蔵は測量技術を伊能忠敬に学び、蝦夷や樺太(サハリン)を踏破。樺太が島であることを実証した。後にシベリアとの間の海峡は間宮海峡と呼ばれ、世界地図に名を残した。晩年は深川に住んでいたといわれ、江東区平野に墓がある。  吟行は、林蔵の墓の前を通り、忠敬の銅像前で解散した。同じ景色を見ていてもぼんやり見過ごした筆者と違い、作者は目敏く着目し、佳句をものした。何と言っても新季語とも言える「初歩き」の斡旋が素晴らしく、人生を歩くことに賭けた二人にぴったりだ。 (双 22.01.19.)

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