煩悩のやがて消えるや雪達磨   嵐田 双歩

煩悩のやがて消えるや雪達磨   嵐田 双歩 『この一句』  新年1月6日の午後から夜かけて南関東ではかなり雪が降った。東京都心の積雪量は10センチに達し、交通機関の混乱や路面凍結による事故も相次いだ。翌日晴れて気温が上がったため大半はすぐに融けたが、日陰など雪が数日残ったところもあった。句会恒例の七福神吟行が8日に深川で予定されていたため、幹事は肝を冷やしたようだが、表通りの雪は消えて歩行に支障はなく、予定通り催行された。  掲句はその折、路地の日陰で融けずに残っていた雪達磨を詠んだ句である。はかなく融け去る雪達磨に、人間の煩悩のありようを重ねている。吟行句でなくても通じる句であり、そこはかとない禅味を感じて点を入れた。  煩悩とは仏教用語で人間の欲望や妄執をさし、悩みや苦しみの元とされる。しかし煩悩は人間の本性に根ざすものであり、簡単に消し去ることはできない。欲望や妄執に煩わされず、超越して生きられるのは悟りを開いた高僧ぐらいで、凡夫は生涯、煩悩の中でもがいて生きることになる。  達磨は面壁九年で悟りを開いたといわれる。もとより雪の塊の雪達磨に煩悩はない。作者は陽に当たると消え去る雪達磨を見て、煩悩の消えない人間、あるいはわが身に思いを致したのであろう。「消えるや」の「や」は詠嘆ではなく、「消えはしない」の反語と読んだ。 (迷 2022.01.18.)

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