冬の日を向うのビルが捉ふ刻  髙橋ヲブラダ

冬の日を向うのビルが捉ふ刻  髙橋ヲブラダ 『おかめはちもく』  冬陽は低い角度で射してくるから、とてもまぶしい。南北方向に屏風のように建つビルの西側は夕方になると、冬の西日がまともに当たって全面鏡のように真っ赤に反射する。この句の作者は、そのビルを北西側のかなり遠くから望む所にいるのだろう。遠く離れているのに、きらきら輝くビルが巨大な反射板のように目を射る。とてもまぶしい。しかし冬の落日の速度は速い。見る見るうちにあたりは夕闇が濃くなり、ビル側面の炎のような赤も灰色がかって行き、やがてぼんやりとして、闇にまぎれてしまう。  この句は、そうした冬の夕方のひと時を詠んだもので、日沒直前のビルが真っ赤に燃え立つ一瞬を鮮やかに切り取った。とにもかくにも、ビルを燃え上がらせる冬の落日は印象的である。人に何か物思わせる雰囲気である。  しかし、「捉ふ刻」という言い方が良くない。冬の落日を向うのビルが全面に「受け止める刻」、さらにそのビルが落日をしっかり掴んでしまった、という意味なのだろうが、文法からしてもこの言い方はおかしい。「捉ふ」は「しっかり掴む」「捕らえる」という動詞の終止形である。だからこの句の場合は連体形の「捉ふる刻」としなければならない。  いっそのこと下五を「捉ふる刻」と六音の字余りにしてしまったらいかがなものか。却って印象が強まるのではないか。字余りも時には意外な効果を発揮する。 (水 22.01.12.)

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