熱燗に激論ありし遠き日よ    田中 白山

熱燗に激論ありし遠き日よ    田中 白山 『この一句』  「そうだったなあ」と頷き、埋み火が掻き立てられるような気分になる句である。一九六〇年代の安保闘争時代に青春時代を過ごした人は誰しもそうだった。その後の高度経済成長時代には若手サラリーマンとしてこき使われ、人権もプライバシーもないがしろの職場環境で、「磨り潰されてしまうような危機感」を抱く日常を経験した。  当時を思い出しながら、眼の前の「磨り潰される危機感の無い」ぬるま湯的な現状を眺めやる。現在の日本は実に平和で恵まれている。働かなくとも生きて行けるのだ。しかし当時は働かなければ絶対に生きては行けなかった。世界中を見回せば、今でもそういう国の方が多い。  今は選り好みをしなければ働き口は沢山あるのだが、気に入らない仕事だからやらないという手合が多い。でも生活保護給付金や慈善事業による炊き出し、スーパーや食堂の売れ残りや賞味期限切れの廃棄品漁りで生きて行ける。コロナで苦しいとなれば一人10万円くれたりする。六〇年代はそうしたものは全く無かった。だから、鴉もノラ猫も少なかった。  苦しかった時代、疲れた身体と心を癒やすものは、安酒と口角泡を飛ばして仲間と論じ合うことであった。ささいな事で机を叩き口論した。それがきっかけで無二の親友になったのも居れば、音信不通になってしまったのも居る。 (水 22.01.07.)

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