寒の水足せば目高はもぞ動く   鈴木 雀九

寒の水足せば目高はもぞ動く   鈴木 雀九 『合評会から』(日経俳句会) 双歩 もぞもぞということなんでしょう。面白いです。 木葉 辞書に「もぞ」で出ています。よって、戴きました。 三薬 寒くなって半ば冬眠状態になっているところへ水を入れた。そうしたら動き出した。 阿猿 冬場の観察俳句。「は」で少し散文的に。惜しい。 水牛 冬になると水が蒸発して減るので足さないといけません。水を足していたら、半冬眠のメダカが目を覚ました、というんでしょうね。           *         *         *  飼ったことがないので知らなかったが、メダカは冬眠状態で越冬するという。屋外で飼っている場合、冬眠したら餌はやらない、水位を保つために足し水をする、すだれなどで覆いをすると良い、などの注意点がネットに載っていた。屋内の水槽では、水温が10°C以下になったら、活動が鈍り半冬眠状態になるそうだ。  作者は飼っているか、飼ったことがあるのだろう。冬は餌やりは控えるが、蒸発した分の水は足さなければならない。その足し水が寒の水だという。人間でも寒の水を飲むとシャキッとするから、メダカだって「もぞ動く」に違いない。もっとも、冬眠中のメダカに冷たい水を足してストレスを与えるのは良くないらしいので、作者が足したのは温度を調節した寒の水だろう。 (双 22.01.31.)

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お浄めも指先ばかり寒の水     篠田 朗

お浄めも指先ばかり寒の水     篠田 朗 『合評会から』(日経俳句会) 青水 初詣などではよくある景色で、思い当たる人もいるかと思います。中七でしれっと言い切っていて。それが俳句の味となっています。 てる夫 自分もちょこっとしか湿らさない方でして。 静舟 人情の機微をうまくとらえている。神さま、見逃して! 芳之 私もやってしまいます。バチが当たらないことを願っています。 雅史 手の甲まで浸すのは勇気がいる。 睦子 よく見ます。 三代 実感です。 三薬 「ばかり」にちょっと。一人か、それとも多くの参拝客の指先をさしたのか、と。           *       *       *  日本語は難しい。三薬さんの疑問ももっともだ。すっと読むと、大きな手水舎に四方からたくさんの手が差し出されて、無数の指先がお浄めしている図かと思ってしまう。  ただ、句全体をじっくり見直せば、下5に「寒の水」が置かれているのだから、「・・・だけ」という意味であることが分かる。手も切れそうな冷たい手水だもの、指先だけのお浄めで許してくださいねとの諧謔味だ。 (水 22.01.30.)

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豆腐屋の槽(ふね)満々と寒の水 中村 迷哲

豆腐屋の槽(ふね)満々と寒の水 中村 迷哲 『この一句』  できた豆腐を、水をたたえて沈める水槽を槽(ふね)と呼ぶのは、一般に馴染みがないが業界ではそう言うのだろう。句を評価する本筋ではないが、豆腐屋の「ふね」談義がひとしきり合評の場で続いた。句会長老たちには違和感のない呼び方らしく、懐かしいとの声も。あらゆる職人や伝統的な職場には用具・道具などについて独自の呼び方をする。私たちには耳慣れないものが多いが意味を聞いてみれば、なるほどぴったりの言い回しだと納得することが多い。同時にそこは隠語の世界でもある。寿司屋の符丁は客に分からないようにというのが由来だが、当今は素人まで「お愛想」などと言って会計を頼むのは、どんなものだろうか。  「ふね」談義から横道にどっぷり浸かってしまった。掲句である。豆腐屋のあの大きな水槽には清澄な水がある。名水どころでは地下水を汲み上げ、あるいは山の湧き水を使う店もある。その水は夏冬ほぼ温度が変わらず、また清らかさゆえに盛夏でも冷たそうに見える。折しも寒中である。手を切るように冷たい寒の水が水槽にあふれんばかりに漲っている。まさに季語「寒の水」の出番だ。寒の水が豆腐の味にどんな好影響をもたらすのか知らないが、紙漉きや友禅流しは厳冬期の水をとくに好むとされる。豆腐屋の店先を眺めた作者佐賀時代の思い出であるという。佐賀と言えば肥前豆腐の地でもある。目の前の光景を詠んだだけなのだが、滋味深い一句となって圧倒的な最高点を得た。 (葉 22.01.28.)

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何事もなきめでたさや松納   高石 昌魚

何事もなきめでたさや松納   高石 昌魚 『季のことば』  松の内はところによって異なるが、一般的に1月7日とされている。正月も7日になれば仕事も学業も始まっており、正月気分は二、三分、あとは正気に返って「さあ、本業に取り組まなくちゃ」ということになる。  正月気分を打ち消すための一つが松飾りの撤去かとも思う。松飾りといっても本格的な門松もあれば、単に松の枝を門口に掲げる場合もある。また注連縄だけを張る地域もある。掲句の松納めはこれらを取り払うことであり「松納」とか「飾納」と呼ばれる。これも関東では6日、関西では14日前後とかいって実にややこしい。取り払った松飾は15日の左義長(どんど焼き)で焼くのだが、人家の込み入った都会では難しい。ましてやオミクロン株の流行真っ盛り、人々が手に手に持ち寄って社寺に集うことさえ叶わない。  作者はご高齢の医学者であるが、句会に出席されず投句のみという現況にある。もちろんコロナ感染を避けるための籠り居でもあろう。幾何級数的に増える感染者を心配されている毎日なのは容易に推察できるが、少なくとも作者ご自身は平穏無事のようだ。それを「何事もなきめでたさや」の十二音に集約している。筆者もほんとうにそう思う。「その通り」、「共感する」との句評が多く寄せられた。今年の正月が何事もなく終わって、作者は松飾りを納めながらつくづく思ったことだろう。コロナ納めが来る日はいつかと。 (葉 22.01.27.)

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書初を子に教えつつ父想ふ   流合 研士郎

書初を子に教えつつ父想ふ   流合 研士郎 『季のことば』  書初は新年に初めて筆を取って文字を書く行事で、「昔から一月二日に恵方に向かってめでたい文句や決意の言葉などを書く」(岩波国語辞典)とされる。当然新年の季語であり、他にも初硯や初釜、弾始、舞初、謡初など芸事や習い事に関する同類の季語は多い。  昔は習字と言ったが、今は書写(毛筆・硬筆)として小学校の必修科目となっている。三年生になると日本中の子供は毛筆で字を書くことを学ぶ。今の家庭で日常的に筆を使うことはほとんど無いが、お正月に改まった気持ちで書初をする家は、それなりにあるのではないか。冬休みの宿題で書初に取り組む子供もいるだろう。  掲句はどちらが言い出したか分からないが、お正月に我が子と書初に取り組む情景を詠む。背後から子供の手を取って、筆の持ち方や書き方を教える。姿勢を正し毛筆で字を書く緊張感が記憶を呼び覚まし、幼い頃に父親が同じ様に自分に書初を教えてくれたことを思い出した。  子供を持つと、叱るにせよ褒めるにせよ、親と同じ様なもの言い、接し方をしていることに気づくことがある。作者が懐かしく回想した父は、きっと優しく字を教えてくれたに違いない。そして作者から我が子に伝わったものも、字を書く技術ではなく、父親の愛情であろう。 (迷 22.01.26.)

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初夢に若々しき妻あらはるる   大沢 反平

初夢に若々しき妻あらはるる   大沢 反平 『合評会から』(日経俳句会) 水兎 素晴らしい夢です!ふっふっふっ! 水牛 よく詠むよ!朝、目覚めたら目の前には見るも哀れな、なんて・・・。 定利 羨ましい。作者の顔を拝んでみたい! 研士郎 若々しい時で良かった。 迷哲(司会) これは反平さんの俳句です。 水牛 何っ……。作者名を聞いてから、読み返すと……。実に、この、身につまされますなあ! てる夫 お若いころの夢なんでしょうね。           *       *       *  馴れ初めの頃を初夢に見るなんて、羨ましくもあり、作ったなあとも思いながら、ユーモア溢れる素敵な句と感じて採った。しかし、合評会で司会者から作者名が明かされて、これは失礼なこと言ってしまったと深く反省した。作者は身体の自由を半ば失われた奥さんの介護に余念の無い日々とうかがっている。その作者の初夢に、新婚当初の奥さんが現れたというのだ。これを茶化すようなことを言ってしまって、本当に申し訳ないと思う。  しかし、そうした背景を全く知らずに、この句を読んだとしたらどうだろう。夢の中の若き妻と、眼前の妻と・・という諧謔句と受け止めて「面白いなあ」と評するのも自然なのではなかろうか。句は独り歩きする。 (水 22.01.25.)

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初夢のデートに妻と鉢合わせ   澤井 二堂

初夢のデートに妻と鉢合わせ   澤井 二堂 『合評会から』 木葉 妻以外の女性とデートしている夢。その夢の中でばったり妻に出会ってしまったという初夢のお話。 迷哲 初夢らしくて採りましたが、「に」の落ち着きが、いまいち。 反平 怖い夢だなあ。 雀九 これが初夢の楽しくて面白いところ。今年は春から縁起がいい、と強がる!           *       *       *  一富士二鷹三茄子とまで望まなくても、初夢で新年の吉兆を感じ取りたいのが人情だ。意に反して夢は吉夢より悪夢が圧倒的に多い。人間の深層心理が夢に具象化されるなどとの解説はフロイト先生に任せておけばいいが、この句には驚いた。妻でない女性とデートしている夢なのである。レストランでの食事中なのか、書画をよくする作者のことだから展覧会の会場なのか、それは想像の域を出ない。ここは勝手に、展覧会にお友達と連れ立って来た妻と鉢合わせしたと決めつけてしまおう。書画仲間の女性と親しく寄り添って作品の品定めをしているところに、妻が現れた。作者の狼狽ぶりが見えるようだ。往年の名優、ジャック・レモンにでも演じさせたい場面である。  ふだん謹厳実直な作者がこのような句を作るのが面白い。決して妻には見せられない、「ここだけの句」なのだが。 (葉 22.01.24.)

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元日や空はどこまで宇都宮     伊藤 健史

元日や空はどこまで宇都宮     伊藤 健史 『合評会から』(日経俳句会) 水兎 面白い。駅伝でも見ていて、そう思ったのでしょうか。 阿猿 下五は「所沢」や「旭川」でもはまるが、ふしぎと「宇都宮」がいい感じがする。 芳之 澄み渡った空のどこまでが宇都宮なのか。うまい表現だと思いました。 定利 面白い句です。宇都宮が楽しいです。元日が効いているんでしょう。            *       *       * 不思議な味わいの句である。元日の空は太平洋側では概ね晴天となる。季節的に西高東低の気圧配置となって晴れやすく、年末年始休みで経済・生産活動がとまり、空気も澄む。宇都宮は南に向かって大きく平野が開け、どこまでも空が広がっているように感じられる。宇都宮に住む作者は、今年の元日に良く晴れた空を見上げて、思わず「どこまで」の感慨を抱いたのであろう。 作者は地方取材の経験が長く、現在は宇都宮支局長を務めている。一月から日経俳句会に加入して初めての投句だが、以前の勤務地で句会に属したこともあり、初心者ではない。最近も奥の細道の旅の途中で芭蕉が滞在した黒羽を訪ねるなど、俳句への関心を深めているという。 そうした人となりを知って句を読み返すと、単純な叙景句ではないように思えてくる。芭蕉の旅路に思いをはせているとも、自分の地方暮らしの行く末を空に尋ねている心情句とも解釈できる。宇都宮から吹いてくる新風に今後も注目したい。 (迷)

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二年ぶり密で打ち上げ七福神   岡田 鷹洋

二年ぶり密で打ち上げ七福神   岡田 鷹洋 『合評会から』(深川七福神吟行) 木葉 その通りだねと言うほかない今年の七福神吟行。去年の亀戸七福神を振り返れば、まずは打ち上げが出来て良かった。共感の一句。 光迷 福詣の楽しみの一つは打ち上げ。コロナよ、早く消えてくれ。人生、残り少ないのだから。           *       *       *  まず去年の亀戸七福神吟行を思い浮かべなければならない。令和三年一月九日といえば変異を続ける新型コロナ株の流行が一段と激しくなり、前日に緊急事態宣言が発せられたばかりであった。  日経俳句会と番町喜楽会は新年恒例行事・七福神吟行を予定していたものの、はたして何人が蛮勇を振るって集まるか、幹事は不安だった。「福詣よくぞ十人集ひけり 廣田可升」がそのご本人の句であった。  それに比べて今年の七福神は、オミクロン株という感染の脅威を心配しながらも、なんと総勢二十一人が集まった。去年と大違いなのはちゃんと打ち上げの宴も用意されていたこと。門前仲町の魚三といえば人気の大衆酒場、密になるのはやむをえない。頼みの綱はワクチン二回完了、重症化は少ないとの希望的観測のみ。句友らは膝を接して吟行打ち上げに臨んだ次第。掲句は「二年ぶり」に待ち望んだ宴会ができたと、素直にしかも半ば「密」を自嘲しながら詠んでいる。去年に続いて堂々参加した作者の句として味わい深い。 (葉 22.01.21.)

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冬陽さすステンドグラス亀久橋  向井 愉里

冬陽さすステンドグラス亀久橋  向井 愉里 『この一句』  深川七福神巡り吟行での一句。もともとこの橋は通る予定ではなかった。毘沙門天の龍光院の次は大黒天の円珠院へ向かう予定であったが、ここまでに七福神以外の芭蕉ゆかりの場所や清澄庭園に立ち寄った為に大幅に時間をロスしていた。予約している魚三酒場に「遅れてもいいか」と問い合わせると、超繁盛店からは「次のお客が入っています」とのつれない答え。義理と人情を秤にかけると、当然ながら人情が重たく、大黒天と福禄寿をすっ飛ばして、冬木弁財天へ真っ直ぐ向かうことにした。その為に、予定にはなかった亀久橋を渡ることになったのである。  この橋は仙台堀川にかかっている。詠まれている通り、橋の袂の親柱にアールデコ調のステンドグラスが嵌め込まれている。亀の模様だというが、筆者にはどうしてもそうは見えない。橋梁の上部にも同じ細工があるらしいがそれは気付かなかった。いずれにせよ、この一句は、この可愛らしいステンドグラスに目をつけた、作者の観察眼の賜物である。それと、少々口はばったいが、幹事の時間の読みの甘さの賜物である。その証拠に、この句を採ったのは幹事の中の幹事、いわば主犯格の二人である。深川には多くの名橋があり、それぞれ優美さやユニークさを誇っているが、この橋もそのひとつに数えられるだろう。 (可 22.01.20.)

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