上役は平成生まれ葱鮪鍋     谷川 水馬

上役は平成生まれ葱鮪鍋     谷川 水馬 『季のことば』  葱鮪鍋は文字通りネギとマグロを醬油ベースの出汁で煮て食べる料理で、冬の季語である。歳時記を見ると寄鍋、鮟鱇鍋、牡蠣鍋、河豚ちり、牡丹鍋など鍋物はみんな冬の季語として並ぶ。  マグロを庶民が食べるようになったのは江戸後期以降といわれる。醤油の普及により赤身の部分を漬けこんだ「ズケ」にすることで保存が効き、広く食卓に上るようになった。ただ脂身(トロ)の部分は江戸っ子の口に合わず、肥料にするか廃棄されていたという。そのトロをネギと一緒に煮ることで臭みを消し、脂っこさを抑えて美味しく食べられるように工夫したのが葱鮪鍋だ。庶民の味、下町の味といえる。  掲句は江戸情緒の漂う葱鮪鍋に平成生まれの上役という意外なものを取り合わせる。一見無関係に見える二つのものをポンと提示し、解釈は読者に委ねている。句を眺めていると様々な場面が思い浮かぶ。葱鮪鍋を食べながら新しい上役を話題にする。「なんで三十代の若造に仕えなきゃならないんだ」、「デジタル時代に昭和生まれは生きづらいよ」、「若い人にはこの味は分からないだろうな」。  あるいはこの上役と仲良く鍋を囲んでいる場面かも知れない。いずれにしても、平成生まれの若々しさと葱鮪鍋の古風なイメージが奇妙に溶け合い、何とも言えない味わいを醸している。 (迷 21.12.20.)

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