上役は平成生まれ葱鮪鍋     谷川 水馬

上役は平成生まれ葱鮪鍋     谷川 水馬 『季のことば』  葱鮪鍋は文字通りネギとマグロを醬油ベースの出汁で煮て食べる料理で、冬の季語である。歳時記を見ると寄鍋、鮟鱇鍋、牡蠣鍋、河豚ちり、牡丹鍋など鍋物はみんな冬の季語として並ぶ。  マグロを庶民が食べるようになったのは江戸後期以降といわれる。醤油の普及により赤身の部分を漬けこんだ「ズケ」にすることで保存が効き、広く食卓に上るようになった。ただ脂身(トロ)の部分は江戸っ子の口に合わず、肥料にするか廃棄されていたという。そのトロをネギと一緒に煮ることで臭みを消し、脂っこさを抑えて美味しく食べられるように工夫したのが葱鮪鍋だ。庶民の味、下町の味といえる。  掲句は江戸情緒の漂う葱鮪鍋に平成生まれの上役という意外なものを取り合わせる。一見無関係に見える二つのものをポンと提示し、解釈は読者に委ねている。句を眺めていると様々な場面が思い浮かぶ。葱鮪鍋を食べながら新しい上役を話題にする。「なんで三十代の若造に仕えなきゃならないんだ」、「デジタル時代に昭和生まれは生きづらいよ」、「若い人にはこの味は分からないだろうな」。  あるいはこの上役と仲良く鍋を囲んでいる場面かも知れない。いずれにしても、平成生まれの若々しさと葱鮪鍋の古風なイメージが奇妙に溶け合い、何とも言えない味わいを醸している。 (迷 21.12.20.)

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再会のマスターの笑み冬ぬくし   廣田 可升

再会のマスターの笑み冬ぬくし   廣田 可升 『合評会から』(酔吟会) ゆり コロナが明けて、久し振りにみんなでお店に行くという経験を最近しました。お店の人も喜んでくれました。 春陽子 「籠り明け手締め高々一の酉」もありましたが、どちらもコロナ明けの明るさの出ているいい句だと思います。           *       *       *  私も句会でこの句を選んだ。飲食店はどこもこの二年近く、辛酸を舐める苦労をしてきた。チェーン展開をしている大手は資力があるから、ある程度の損失は覚悟の上でおカミの言うことを聞いて営業自粛し、補償金をもらって“冬眠”した。店主一人でやっているような場末のバーや一杯飲み屋は、さっさと閉店して休業補償金一日10万円だかをもらって、逆に“コロナ太り”になったところもある。辛いのは中規模の、なまじっか常連客がそこそこ付いている老舗の飲食店。それなりの店構えで家賃や維持費がかかる、従業員をおいそれとクビには出来ない。休業補償金ではとてもやっていけないのだ。  歯を食いしばって、開店できない店に出かけては掃除などして、耐え忍んできた。それがようやく開店できるようになって、お馴染みさんが駆けつけてきた。「再会のマスターの笑み」が「冬ぬくし」の季語にぴったり合う。  先日久し振りに九段下の蕎麦屋丸屋に行ったら、あの丸々とした女将さんが本当に嬉しそうに「久し振り」と喜んでくれた。この句を見てすぐにあの光景が浮かんだ。 (水 21.12.19.)

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三越の獅子の冷たき師走かな    嵐田 双歩

三越の獅子の冷たき師走かな    嵐田 双歩 『この一句』  三越デパートのシンボル・ライオン像を、作者はいつか詠みたいと思っていたそうだ。  作者が温めて来た句材が結実した一句だ。ライオン像はロンドンのトラファルガー広場にある像を模したものだというのは周知のこと。東京・日本橋本店の正面玄関には、衛兵よろしく左右二体が威を払って並んでいる。地方の三越では一体だけのところもあるそうだがそれはそれ。デパートの客寄せの役目もあるから、季節ごとに浴衣やサンタクロースの衣装を着せられてしまう青銅の像である。コロナ禍の中ではマスク姿を見た。百獣の王でありながらどこか愛嬌がある。大正期の支配人のライオン好きが高じた末に生まれたというが、ライバル店との違いを際立たせるマスコットとして世々活躍続けるだろう。  季節は「師走」である。春でも秋でもこの句は詠めないとみた。触ってみて生温かだったとかは、金属製ゆえにそうは言えまい。真夏に日が当たって熱いほど温度があがるかどうかは予想の限りではないが…。やはり寒さがつのり、空っ風が吹く十二月、それもことに年末がふさわしい。ひんやり冷たい金属特有の蝕感が読み手の掌にわきおこる。二月の極寒には掌が金属に吸い付いてしまうような感覚があるが、十二月は頃合いの冷たさだろう。「三越の獅子」という荘重な措辞とあいまって、師走商戦の喧騒のなか一瞬の静寂を感じる句だ。(葉) 

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目貼して風の音聞く安下宿    篠田 朗

目貼して風の音聞く安下宿    篠田 朗 『この一句』  恐らくは昭和時代の思い出をうたった句であろう。1950年代から70年代までは、都内23区には「安下宿」がたくさんあった。  私の大学生活は1957年から61年春までで、日本が戦後のどん底から脱していよいよ立ち上がろうとしていた時期だった。まだまだ誰もが貧乏にあえいでいた。しかし親は三食を二食に減らし、子供を東京の大学に送り出した。子供も事情を十分わきまえて、アルバイトをしながら懸命に過ごした。  横浜住まいの私には、下宿生活の学友の“自由”がうらやましかった。その一人K君の下宿が東中野にあった。ぎしぎし鳴る階段を上がった二階の四畳半。ドアを開けると一畳分の靴脱があり、その右手の半畳の板敷には物入れの棚が天井まで続いている。畳敷の四畳半の奥にはガラス窓があるのがせめてもの救いだった。窓からは西日が差し込み夏場は蒸れ返る暑さ、冬場は羽目板の割れ目から隙間風が容赦なく吹き込んだ。しかもこの部屋を一人で占めているのではない。同郷の同い年の学生と折半で借りているのだ。ここにしばしば転がり込んだのだから、今にして思えばすさまじい。  この句の作者の年齢を知らないので確かなことは言えないが、目貼が必要ということなので木造安普請であることは確かだ。しかし、つくづく考えてみると、こういう所に寝転がって天下国家を論じていた当時の方が、今よりも生き生きとしていたように思うのだが、どうか。 (水 21.12.16)

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慣れた事変りゆく事年惜しむ  星川 水兎

慣れた事変りゆく事年惜しむ  星川 水兎 『季のことば』  「年惜しむ」の季題は難しい。12月句会に投じられた兼題36句のうち、点が入ったのは14句。同様に兼題である「熱燗」は32句中18句だから、どうこう言えないかもしれないが、やはり「年惜しむ」は難しかったとの声が多かった。熱燗という実物をイメージできるのと違い、「年惜しむ」では心情的あるいは心象的風景を詠まねばならない。そこが苦労する理由なのだろうとも思う。そんななか掲句は高点3句のなかの一つであり佳句と認められた。  一見この句はいつの年にも通じる汎用性を持っているとみるのは間違いではない。物事に慣れたり以前の自分と変わりつつあると感じることなど人生には多い。新入社員が仕事に徐々に慣れて、学生時代の気持ちが様変わりすることなど、その典型例と思える。ともあれ掲句はまさに今年の句として読んだほうがぴったり胸に落ちる。  コロナ禍に翻弄されるこの2年。この夏の第5波は激烈であった。テレビが日々の感染者数を示したグラフの波の高さを思い起こせばいい。手洗い、マスク、手指消毒、会合会食回避を守りつつ過ごしてきた。ワクチン接種が進んだせいか、なぜか不思議に流行が下火になった。とはいえ多くの人は感染防止策を棄てず、「慣れた事」として日常生活の一部としている。いっぽうでリモート勤務などが広まり、世の「変わりゆく事」を実感しているのだ。これはまさに今年の句である。 (葉 21.12.15.)

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木枯しに遊ばれ朝のゴミ拾い   大平 睦子

木枯しに遊ばれ朝のゴミ拾い   大平 睦子 『合評会から』(酔吟会) 鷹洋 毎朝近所のお婆さんがゴミ拾いをしていて、風が吹くとそれを追いかけるので、思わず「危ないよ」と声をかけたことがあります。そんなことを思い出し、実感のある句として採りました。 双歩 木枯らしにもてあそばれているような気もしますが、なにかゆとりのようなものも感じさせてくれる句です。「遊ばれ朝のゴミ拾い」の表現がうまいですね。 てる夫 ゴミ拾いではなく落葉拾いの方がきれいな句になるのになあと思いましたが、よく見る風景をうまく詠んでいます。           *       *       *  てる夫さんが言われるように、「落葉拾い」の方がきれいで詩的だが、そうすると「木枯し」と重なってしまう。やはり原句の現実的風景を取るべきか。とにかく、この句は木枯しの時期の朝をうまく詠んでいる。作者は実に奇特なお人で、家の近所の道路に散らばるゴミを拾い集めている。それも「善行」をひけらかすことなぞ毛頭なく、ごく自然にやっている姿が「木枯しに遊ばれ」に現れている。双歩さんの指摘するとおりである。紙くずを拾おうと手を伸ばしたら、木枯しがすっと攫っていってしまった。「邪魔しないでよね」なんてつぶやきながら追い駆ける姿が浮かんでくる。 (水 21.12.14.)

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蝶決心して冬至の青空へ     金田 青水

蝶決心して冬至の青空へ     金田 青水 『この一句』  俳句はリズムだ、と言い切って、韻律を大事にした藤田湘子に「口笛ひゆうとゴッホ死にたるは夏か」という破調の作品がある。575を大きく外れ、783の18音だ。自句自解によると、「突然、口をついて出てきたもの。それを文字に書いたらこういう破調になった。(中略)定型に改作したら、あの日、あの時、あそこで、感じたことが消えてしまう」という。確かに口に出して読むと、不思議とリズム良く読み下せ破調を感じさせない。  掲句は「冬の蝶」の兼題で出された一句。17音でまとまっているものの845の破調だ。作者がどうしてこのような詠み方をする境地になったのかは不明だが、出だしの破調によって、冬の蝶の切迫感が伝わってくる。寒さに耐え、じっとしていた蝶が一大決心をして青空へ舞い上がった、と作者には見えたのだろう。仮に「冬の蝶決心をして青空へ」と無理に575に直すと、蝶の切羽詰まった感じが削がれる。  句会では有季定型の投句がほとんどなので、たまに掲句のような破調に出会うと新鮮に映る。しかし、破調句は「自分のおもいが無意識にあふれ出て言葉になるものなので、意識して作れるものではない」(藤田湘子)ようだ。 (双 21.12.13.)

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老女押すバギーの子犬冬陽浴び  久保田 操

老女押すバギーの子犬冬陽浴び  久保田 操 『季のことば』  昔から「冬日」「冬の日」という季語があるが、これが「冬の一日」を指すのか、「冬の太陽」を言っているのかが判然としない。句を全体的に捉えて初めて、「ああこれは冬の一日を詠んでいる句だな」「これは冬の日射を言うのだな」ということが分かる。「冬の日の三時になれば早や悲し 虚子」なら冬の一日であり、「冬の日の海に没る音をきかんとす 澄雄」なら冬の太陽ということになる。まことに不思議な季語だが、江戸時代から両方の意味で使われ続けている。  この句は「冬陽」としている。歳時記には無い言葉だが、「冬日」の誤解を避けるために、冬の太陽や光線を表す場合に「冬陽」と書く作例が20年ほど前から目につくようになった。違和感無く受け止められ、こういう季語改良の工夫があってもいいと思う。  やはり20年ほど前から、町中を小さな車輪のついた箱型バギーを押しながら散歩する老女を見かけるようになった。健康体で寿命を全うするには何をおいても「歩くこと・身体を動かすことだ」と言われるようになったのと軌を一にしている。  我が家の近所にも「せせらぎ緑道」という遊歩道があって、こういうオバアサン方がバギーを押している。押している箱車は腰掛けにもなり、座って一息入れているばあちゃんも居る。この句のばあちゃんは箱に愛犬を入れている。愛犬は面白いのかつまらないのか分からないような顔して中腰で縁に両前足を載せている。そこに小春日が当っている。すべて世はことも無しといっ…

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肉厚の屋台のコップ燗熱し  中村 迷哲

肉厚の屋台のコップ燗熱し  中村 迷哲 『合評会から』(番町喜楽会) 水牛 よくこれを見つけてきたなぁと感心しました。確かに屋台のコップは分厚く、落としても割れないくらい頑丈です。六、七勺しか入らないのに、一合だと言って売ってる(笑)。熱燗のぬくもりが伝わってきます。 可升 あの分厚さは何でしょうね。割れないためにか、手に持った時、熱すぎないようにか。いずれにせよ、肉厚のコップの手触わりが感じられる句です。 命水 居酒屋でもこういうコップで出ますね。もっとも私は熱燗でなく、もっぱら冷酒ですが、冷酒でもこういうコップのことがあります。 幻水 屋台には二回くらいしか行ったことがありませんが、ああそうだったと思って…。 満智 「肉厚の屋台のコップ」にリアリティーがあり、熱さが伝わってきます。           *       *       *  もう四半世紀も前のこと、帰り掛けに駅のそばに出ていたラーメンやおでんの屋台で、一杯ひっかけて帰ったことが懐かしい。水を汲み置きしたバケツにコップを突っ込み、ざぶざふっと洗うのを見て「綺麗じゃねえな。だけどアルコール消毒するからいいか」など、奇妙に己を納得させたりして…。 (光 21.12.10.)

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生の牡蠣食へぬ男と食ふ女    横井 定利

生の牡蠣食へぬ男と食ふ女    横井 定利 『合評会から』(日経俳句会) てる夫 思わず、うちのことかと思った。わが家では家内のほうがよく食っています。 水馬 この男は煮ても焼いても牡蠣が駄目なのかなあ。かかあ天下の夫婦なのかなあ。どことなく笑える。 静舟 私もフライだけ。女性で嫌いな人はめったにいない。 朗 私は牡蠣を食べたいとは思いません。いろいろ想像させる句です。           *       *       *  面白いことを詠むものだと作者の機知に感心する。確かに牡蠣ほど好きな人と嫌いな人の別れる食物は無いように思う。だめという人は、見ただけでも気味が悪いと言う。好きな人は生牡蠣を思い浮かべただけで唾が湧いて来るという。  50年前、東欧に赴任していた頃、当時のユーゴスラヴィアのあちこちを周り、アドリア海の名物の生牡蠣を毎日食べた。あまりにも美味しいのである晩、1ダースを3回お代わり(36個)した。その夜中急におかしくなり、二日二晩猛烈な下痢に苦しんだ。最高級ホテルのダイニングルームで、ぴくぴく息づいているような牡蠣である。しかし、牡蠣はたとえ生きていても時々、大腸菌やその他いろいろ毒素を持ったものがあるらしい。上からも下からももう出るものが一切無くなっているのに、気持が悪く、腹が捩れるほど痛い。それを今でも思い出す。それなのに、一向に懲りずに今でも相変わらず生牡蠣を食べている。  この句は「食えない男」と「食う女」の組み合わせ。話としてはこの方が食中毒よ…

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