吊るされて土間睨みをる鮭の群  岩田 三代

吊るされて土間睨みをる鮭の群  岩田 三代 『この一句』  鮭の町として知られる新潟県村上市。市街を流れる三面川に遡上する鮭は、市民の食文化に欠かせない存在だ。鮭は土地の言葉で「イヨボヤ」といい、「魚の中の魚」という意味とか。それほど大事にされている鮭だが、江戸時代後期には乱獲もあって収穫量が激減した。そんな折、鮭の母川回帰に着目した青砥武平治という武士が、三面川に人工の分流を作り、鮭が産卵しやすい環境を整備した。世界初の鮭の自然孵化増殖とされ、ほかの地域にも広まったという。  村上名物の塩引鮭は、粗塩をまぶした鮭を寒風に晒し、じっくり発酵、熟成させた独特の逸品だ。鮭の加工品を製造販売する老舗には、店の奥に何百本もの塩引鮭が頭を下にして吊り下げられている。その姿は、一度見たら忘れられないほど印象的だ。その光景を詠んだものと思われる掲句を選んだのは、村上に行き鮭の寒晒しを見たことがある人ばかり。「鮭を家中に吊るして寒風にさらす。その景色を思い出しました」、「その時は雪がいっぱいで、家に鮭が群れていました」、「家々の軒先に吊るされている鮭を思い出しました」などと、口々に印象を語った。作者自らの経験を巧みに五七五に載せたこの一句は、読者の記憶や体験をたちどころに呼び覚ましたようだ。 (双 21.11.02.)

続きを読む