秋の句座障子あければ隅田川 廣田 可升
秋の句座障子あければ隅田川 廣田 可升
『この一句』
都内のコロナ緊急事態宣言が解けて、ほんとうに久しぶりの吟行であった。この年、吟行らしいものは、1月に感染の危険を顧みず歩いた亀戸七福神吟行と3月末のごくごく地味に集まった有志6人の桜吟行で、多摩霊園、国立の桜並木と谷保八幡宮を歩いただけ。それだけに参加14人とまとまった今回の吟行のうれしさ楽しさは格別の感じがしたものである。今回は深川の芭蕉の数々の跡を訪ねたのであるが、ファンお馴染みの臨川寺をスタートに芭蕉記念館で終着というコース。
上に掲げた句は、その芭蕉記念館で様々な資料を見、館員の方から懇切丁寧な解説を受けた後、同館3階座敷を借りて句会を開いた際の高点句。江東区に住む幹事役の作者はここによく来るという。座敷に上がると、かの人は手慣れたごとく障子をさっと開け放した。樹々で大川がすっきりと見えたわけではないが、植え込み越しにまぎれもなく隅田川の一部。「障子あければ隅田川」の措辞がその通りと、みごとに詠んだ。元来、自宅以外で障子を開けると思わぬ風景に出会うのはしばしばあること。まして場所は江戸情緒の残り香がする深川、しかも〝芭蕉の館〟と名乗る建物の中である。座敷という閉鎖場面を転換する動作と、一気に光景が変わる開放感がこの句の真面目(しんめんもく)だ。読む人の気分をよくする句で、多くの句友が採ったのもうなずける。
(葉 21.10.22.)