馬鈴薯や初収穫の庭菜園 池内 的中
馬鈴薯や初収穫の庭菜園 池内 的中
『おかめはちもく』
「や」という詠嘆を表す助詞は、連歌・俳諧の時代から「切字」として用いられてきた。「切字」とは多くの場合主題となる名詞に付いて、作者の感慨を伝える働きをする。5・7・5という極めて限られた言葉数で思いを伝えるには、表現上、叙述上、いろいろな工夫が為され、「切字」も「・・・なんだなあ」「・・・なんですよ」という作者の深い思い入れを示す手段の一つとして定着した。この句の場合も、丹精込めて作った菜園の馬鈴薯の収穫の喜びを、真っ先に上五で「馬鈴薯や」と提示したわけである。
それはいいのだが、「馬鈴薯や」で切っておきながら、「初収穫の・・」と同じ話題を繰り返す詠み方が問題である。本来「や」という大休止の切字を置いたら、その下では別のことを言って、相対峙して互いの響き合いを生み出すようにした方が良い。大休止の「や」を入れながら、また元の事をあれこれ述べては、折角「や」で述べた主題の印象がぼやけてしまう。但し、芭蕉の句をはじめ古俳諧には上五を「や」で切って、中七・下五でそれを敷衍する詠み方があるが、それはひとまず「例外」としておこう。
この句の場合はもともと「や」で切る必要は無かったと思われるのだが、あえて入れるとすれば、場所を変えた方がいい。たとえば、
馬鈴薯の初収穫や庭菜園
こうすれば、「なんと我が庭菜園でジャガイモが出来たんだよ」という初収穫の喜びが増幅されるだろう。
(水 21.10.13.)