黙し待つ唾液検査やそぞろ寒 山口 斗詩子
黙し待つ唾液検査やそぞろ寒 山口 斗詩子
『季のことば』
そぞろ寒は「中秋から晩秋にかけて、ふと、ぞくぞくっとした寒さを感じることを言う季語」(水牛歳時記)である。字を当てれば「漫ろ」で、「何とはなしに」といった意味という。歳時記を見るとこの時期の微妙な寒さを言う季語が多い。「やや寒」「うそ寒」「肌寒」「そぞろ寒」「朝寒」「夜寒」「露寒」など、いずれも中秋から晩秋の秋の季語である。その差異を現代の我々は論じ尽くせないが、今よりはるかに季節の変化に敏感だった江戸の俳人たちは、その微妙な違いを感じ取り、詠み分けたのではなかろうか。
掲句はコロナで注目の唾液検査と、そぞろ寒を取り合わせている。コロナ感染を調べる検査には、抗原、抗体、PCRの3種類がある。抗原およびPCR検査は、ウイルスが体内に存在するかどうか調べるもので、PCR検査の方が精度が高い。抗体検査は過去に感染したか、ワクチンを打った後に、体内に生成された抗体の量が分かる。いずれも唾液で調べられる。
作者は感染の有無を調べる必要があり、検査を受けたのであろう。結果が出るまで抗原検査なら15分、PCR検査は24時間ほどかかる。感染の不安を抱えながら、じっと結果が出るのを待つ。その揺れる心情に「そぞろ寒」の季語が絶妙にマッチしている。作者は一人暮らしと聞いている。「黙し待つ」時間は、そぞろ寒さが身に沁みたに違いない。
(迷 21.10.12.)