鞍はずす駱駝に釣瓶落しかな 谷川 水馬
鞍はずす駱駝に釣瓶落しかな 谷川 水馬
『この一句』
番町喜楽会の9月例会に「釣瓶落し」の兼題が出された。秋の日暮れの早いことを表す季語で、「秋の日は釣瓶落し」の慣用句に由来する。兼題を出した大澤水牛氏の解説によれば、江戸の昔から使われた言葉だが、季語となったのは新しく、昭和になって山本健吉が提唱してからという。
釣瓶井戸を使ったことのある昭和世代には郷愁を誘う季語だが、いかんせん6音で使い勝手が悪い。この6音をどう句の中に無理なく収め、夕陽の景と組み合わせるか、結構苦しんだ。
掲句は釣瓶落しに詠嘆の「かな」を加えた8音を使いながら、残る9音で駱駝を登場させ、砂漠の雄大な夕景を描くことに成功している。ことに上手いのは冒頭の「鞍はずす」という表現。これにより駱駝が長旅か仕事を終えて夕方に戻ってきたことが分かる。駱駝と鞍とくれば砂漠が連想され、「釣瓶落しかな」と響き合って、駱駝が越えてきた砂漠に沈む大きな夕陽が見えてくる。
句を読んで、シルクロードを描いた平山郁夫の絵が浮かんできた。句会では同感の声もあったが、「平山郁夫の絵を思い出して逆に採れなかった」(可升)という意見もあった。絵と句のイメージが近くて、描かれた世界を句でなぞったように感じられたのかもしれない。しかし「鞍はずす駱駝」には確かな生活感がある。作者は句に詠まれた光景をどこかで目にしたに違いない。
(迷 21.10.01.)