檜枝岐歌舞伎一幕釣瓶落とし 野田 冷峰
檜枝岐歌舞伎一幕釣瓶落とし 野田 冷峰
『季のことば』
秋の季語にいう「釣瓶落し」は皆ひとしく感じる感覚である。興味あって、なぜ秋はつるべ落としなのかちょっと調べてみた。一般の言葉でもあるが、「薄明」という天文用語があるのを知った。太陽光が上空の微細な浮遊物に散乱反射して光り、日の入り後もしばらくは暗くならない現象をいうのだという。9、10月は日没時間が早まるうえ、夏に比べて薄明が短くなるため急に暗くなったと感じるらしい。世界中どこでもありそうな現象だろうが、日本の場合はことに風趣がある。
掲句は作者が実際の輪の中にいた光景を詠んだと思える。「釣瓶落し」の舞台によい場所と光景を持ってきたものだと一票を投じた。檜枝岐歌舞伎はご存じのように南会津の秘境といっていい檜枝岐村に、江戸時代から伝わる農民演じる歌舞伎だ。現在も村の観光資源となっており村民が伝統を守っている。作者はいまその舞台を見ているのか、過ぎし日の想い出に浸っているのか、まあどちらでもいい。演目はなんだろう、ともかく一幕が終わった。定式幕が閉じられて舞台の明りがさえぎられる、と同時に日が完全に沈んだとみる。薄明りだった周囲が急に暗くなった。過疎だ、限界集落だと懸念される昨今だが、村人は変わらず元気に農民歌舞伎を演じている。上五、中七まで一気に読ませ、歌舞伎の重厚さまで表現したと思う。
(葉 21.09.27.)