相続のはなし重たし虫すだく 廣田 可升
相続のはなし重たし虫すだく 廣田 可升
『この一句』
上五中七の描く場面がドラマ性をはらみ、「虫すだく」の季語の取り合わせによってさらに深い感懐を覚える句である。四十九日か初盆に集まった家族が昼の法要を終え、夜になって相続の話をしているのであろう。議事次第がある訳ではないので、スムーズに進まない。遺産の分け方や墓をどうするか、思惑が絡んでどうしても口が重くなる。誰かが発言しても、故人の思い出話になったりして肝心の相続内容は詰まらない。「重たし」の三文字にそんな状況が凝縮されているようだ。
長引く話し合いにふと気が付けば、夜も更けて庭の虫たちがいろんな音色で鳴き合っている。重苦しい雰囲気の家族会議と賑やかな虫の合唱との対比から、人の営みの悲喜こもごもが改めて伝わってくる。
掲句が出された番町喜楽会の8月例会は、緊急事態宣言の影響で出席者が7人にとどまった。ところが出席者のうち作者を除く6人全員がこの句を選び、メール選句の2人を加え、最高の8点を集めた。各人の選評を読むと、それぞれの相続体験重ねてこの句を解釈し、共感しているようだ。
数年前の相続法改正で基礎控除が縮小され、相続税の支払い対象となる世帯はぐっと広がった。普通の家庭でも税金をどう圧縮するか、遺産分割協議は真剣にならざる得ない。秋の夜の話し合いは長々と続くことになる。
(迷 21.09.06.)