秋立つや近所に止まる救急車 前島 幻水
秋立つや近所に止まる救急車 前島 幻水
『この一句』
番町喜楽会の8月例会で「立秋」の兼題に対して出された句である。選句表を見て驚いたのは、すぐ隣に「今朝秋の隣家で止まる救急車」(嵐田双歩)が並んでいたことだ。同じ時期に同じ季題で句を作るので、テーマや季語、表現が似た句が出て来ることはたまにある。しかし近所と隣家の違いはあっても、立秋の季語に救急車を取り合わせた句が並ぶのは極めて珍しいのではなかろうか。
句会では近所の救急車に2点、隣家の救急車に1点が入ったものの、意外に支持が広がらなかった。立秋と救急車が離れすぎて、句意が掴みにくかったのかも知れない。常識的な解釈は次のようなものではなかろうか。立秋とは言え、まだ残暑は厳しい。暑さによる食欲不振、睡眠不足などで体力が弱り、この頃に体調を崩しやすい。いわゆる夏負けである。夏の終りに近所に救急車が止まる。知っている人が倒れたのではないかと心配する。そんな場面が浮かんでくる。
救急車のサイレンは、平穏な日常生活の波乱を伝える音である。両句の本意もそこにあると思う。季節の変わり目に自宅の近くまで来た波乱。何も熱中症や夏負けに限ることはない。高齢者であれば脳梗塞や心筋梗塞もありうる。さらにはコロナ感染という日常の大波乱だっておかしくないのである。
(迷 21.09.01.)