折鶴のひとつひとつの原爆忌   水口 弥生

折鶴のひとつひとつの原爆忌   水口 弥生 『この一句』  広島・長崎に投下された原爆の犠牲者は20万人を超える。被爆後に放射線の後遺症に苦しみ、その後亡くなった人も多い。惨禍から76年を経ても続く苦しみ。その一方で核廃絶の動きは遅々として進まない。8月の列島には鎮魂、祈り、悲しみ、怒り、決意など様々な思いが交錯する。  作者は千羽鶴から被爆者に思いを寄せる。「ひとつひとつ」の言葉が胸に響く。一瞬にして奪われた20万人の命には、ひとり一人の暮らしと人生があった。そして折鶴のひとつひとつには、全ての被爆者への鎮魂の思いと平和への祈りが込められている。  原爆と折鶴といえば、本や映画になった「サダコの折り鶴」の物語がよく知られる。2歳で被爆し12歳で白血病を発症した佐々木貞子さんは、8か月後に亡くなるまで病床で千羽鶴を折り続けた。貞子さんの悲しみを忘れないようにと同級生の呼びかけで、広島平和記念公園に「折鶴の少女」の像が設けられた。  作者は慰霊祭を伝えるテレビ映像に毎年手を合わせるという。折鶴の少女像も見知っているであろう。「被爆を背負った折鶴のひとつひとつから声が聞こえるような気がした」という自句自解からは、被爆者に寄り添う優しい気持ちが伝わってくる。慰霊祭の挨拶を読み飛ばす首相があろうとも、国民ひとり一人がそれぞれの「原爆忌」を語り継ぎ、詠み継ぎ、後世に伝えていかなくてはならない。 (迷 21.08.25.)

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