三伏や地中に深く太き杭     大下 明古

三伏や地中に深く太き杭     大下 明古 『この一句』  「地中に深く太き杭」とは「何だろう」と思わざるを得ない。建築現場で太い杭が地中に打ち込まれているのだろうか。しかし物音は全く感じられず、黒々とした太い杭が地中深くに存在しているかのようでもある。具体的に見えてくるものは他に何もない。つまりこの句は“杭”という具体的物体によって、読み手の感覚を抽象的に刺激しようとしている。  私はこの句を見て、画家・横山操の「塔」と名付けられた作品を思い出した。昭和三十年代、東京・上野の谷中にあった五重塔が放火によって焼失した。その真っ黒焦げの残骸が取り壊される前に描いたものだそうだ。ただ真っ黒な柱状の物体が縦横に描かれているだけである。私の頭の中には、あの五重の塔の残骸の真っ黒な柱が浮かんできたのだ。  掲句は当欄で先に紹介した「末伏」の句(広上正市氏作)に共通する抽象性を持っている。両句ともに多数の共感を得て、句会で最高点を獲得するような句ではないかも知れない。しかし何人かの神経に触れ、鋭い刺激を与えるのではないだろうか。この夏の真昼、どこかの街を歩いているとき、私は地中の杭の存在を実感しそうな気がしている。 (恂 21.08.17.)

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