寝入るまで祖母の団扇と物語り  中村 迷哲

寝入るまで祖母の団扇と物語り  中村 迷哲 『この一句』  団扇がもっぱら商戦などの配り物となった昨今では、団扇の醸す昔の情趣は望むべくもない。また、和紙でなくプラスチック入りの紙を貼った団扇は丈夫かも知れないがロマンを生まない。今風の団扇は花火大会の見物や野球応援の付属品でしかなく、すぐに捨てられる運命にある。昭和を舞台に古団扇、渋団扇、絵団扇、白団扇などをもってきて詠めば、それだけで情景がよみがえり、そこにちょっとした物語さえ隠れていていい味を出しそうだ。団扇の俳句も昔のものとなった感じがぬぐえない気がする。  人気のあったこの句も、団扇が昔の暮らしを思い出させる「よすが」となっている。今や涼をとるのはエアコンばかり、あるいはダイソンなどのハイテク扇風機が全盛の世の中。団扇をあおいで子や孫を寝入るまで見守る風もめっきり少なくなった。祖父母のいない家庭も当たり前になったから、この情景は貴重である。作者の幼少のころの思い出なのはまちがいない。おばあちゃん子だったと思わせる作者の小学校低学年ころまでの追憶だろう。エアコンもまだない時代、おばあちゃんは手を休めず風送りをして孫の寝入りを待つ。昔話をせがまれてゆったり優しく語りかけている。「団扇と物語」のセットがよく、ノスタルジーを呼んでほのぼのとする一句だ。 (葉 21.08.16.)

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