奥深き明治の杜の片蔭り     堤 てる夫

奥深き明治の杜の片蔭り     堤 てる夫 『この一句』  明治という時代がこの国の勃興期であったのは論をまたない。江戸封建社会を打破した下級武士による一種の革命が明治維新だが、45年の年月を通じ前期と後期では時代相が異なる。前期は前代の負の清算に終始した。明治新政府は不平士族の反乱鎮圧、不平等条約改正、治外法権の解消に全力を傾けなければならなかった。それを乗り越え明治後半に入り、日清・日露の二つの戦争に辛くも勝ち国際舞台に立てる国とはなった。明治はまことに波瀾万丈だったといえる。昭和も波瀾万丈といえるが、「奥深き昭和」という表現は違和感がある。  句評そっちのけで安っぽい歴史観を書いてしまったが、この句の「奥深き明治」の表現に筆者の心が反応したと言いたいがためだ。この句をふつうに読めば、明治期に植林し大きくなった杜があり、奥深く分け入ってみれば気持ち良さそうな夏の木蔭があったという句意だろうか。だが「明治の杜」と詠んだせいで、教科書や本でしか知らない明治へとイメージが飛んでいった。筆者は、ここは明治神宮の杜ではあるまいかと思った。明治天皇没後、代々木練兵場跡地などに日本全国から寄進された樹々を植えた。その後明治神宮の叢林として広大な杜に育った。そこを行く作者は明治の興隆を思いつつ、薄暗い「片蔭り」を負の側面とみて反芻している――とは筆者の妄想か。 (葉 21.08.06.)

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